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◆◆◆◆◆内戦突入 Kötőjel a Polgárháború
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中近東FAQ目次


 【質問】
 シリア内戦の「内戦本格突入期」(仮称)について,3行で教えてください.

 【回答】
 2011年5月30日,政府系報道機関は,「telbisaで治安部隊の兵士4名が武装テロリストにより殺された」と報じる.
 想像するに,反政府勢力の武力による反撃は,それ以前よりあったに違いないが,政府系報道機関が報じなければならないほど無視できないほどの反撃力を見せるようになったのが,この頃だったと思われる.
 事実,その2日後の6月1日には,トルコのアンカラにおいて,シリアの反政府組織の最初の会合「変革のためのシリア会議」が開かれたが,会合当初から分裂含みで,その後の反政府勢力の運命を示唆していたと言えよう.

<年表(内戦本格突入期期以降)>

こちらによる死者数の数字は,殆どが反政府側発表のもの)

 5月30日,同日付のal jazeerah net によれば,治安部隊が戦車とともに,ホムス郊外のいくつかの町と村(名前の挙がっているのはtelbisa とal rastan)に突入し,子供を含む14人を殺害.
 政府系の報道は,telbisaで治安部隊の兵士4名が武装テロリストにより殺されたと報道.

 また,同日付のal qods al arabi net によれば,幾つかのシリアの町で,ヒズボッラがシリア政府を助け,民衆弾圧に参加していることに対する反発から,ヒズボッラの書記長ナスラッラのポスターが燃やされている,とのイスラエル情報筋の情報.

 6月1日,トルコ南西部のアンタリアにて,シリアの反政府組織の最初の会合「変革のためのシリア会議」開催.参加者は各種グループから300名.
 会議の開かれれたホテルの周辺では,アサド政権支持者による会議反対デモが行われたが,ホテルへ向けての行進は警官隊が阻止.

 6月3日,ハマにおいて,最大5万人規模の抗議デモ.ホムス,アレッポ,ダマスカス等の多くの町,多くの中小都市でも数千人の参加した抗議デモ.
 治安部隊の弾圧により,al jazeerah netによれば,シリア各地で34~数十人が死亡.
 また,シリアの人権団体によれば全土で150名死亡.そのうち,,ハマでは氏名の分かっている死者が46名,負傷者は100名.
 BBC放送によれば,ハマの死者30名以上.
 alqods al arabi net によれば,最低10名死亡.

 同日以降,シリアにおいて全土的にインターネット規制?
 6月5日=ナクサ(完敗)の日,ゴラン高原で多数のパレスチナ人及びシリア人が越境しようとして,シリア政府によれば22名死亡,数百人負傷.
 イスラエル政府は「死傷者は総てシリア内にいたので確認できない」として肯定も否定もしていない由.
 イスラエル政府は,この事件はシリア国内の弾圧から世界の目をそらせようとするシリア政府の企みであるとの立場を表明.

 6月6日,中東の報道ネットによれば,ダマスカス郊外のパレスチナ難民キャンプtarmouk で,前日の死者の葬儀の際に多くのパレスチナ人がPFLG-GCの事務所に押しかけ,彼らの死はその扇動によるものとして非難.
 al qods によるとデモを行ったのは難民10万人で,PFLP-GC事務所に放火するとともに,アハマド・ジュブリル等の指導者を非難したとのこと.
 これに対して警備のPFLP-GC警備員が発砲.
 al qods al arabi net では少なくとも死者14名,負傷者43名,al jazeerh net によれば負傷者20名.

 同日,その前の週末から治安軍等が包囲し,群衆に対する弾圧を続けてきた北西部の町jisr al shghour において,武装勢力の攻撃で治安部隊等に120名の死者が出た,とシリア政府が発表.
 内相は,「シリア政府は反政府の武装勢力を徹底的に断固制圧する」と述べ
多数の戦車,装甲車等が同市へ急行.
 民衆の間では,同市を軍が攻撃し,市民を虐殺するための口実でははないかとの疑いが広まる.
 一部報道では,市民への発砲を拒否した部隊とそれを強制させようとする部隊との間で銃撃があった由.
 同市からは,政府軍の鎮圧を恐れ,主として女性からなる120名の住民が,許可なしにトルコ国境を越境してトルコ国内に避難.
 国境地帯には既に250名の難民が滞在.

 6月8日,同日付のal qods al arabi net によれば,jisr al sheghour の周囲に40台の戦車,装甲車が集結.
 難民のトルコ入りの動きも続く.

 6月9日,同日付のal qods al arabi net 及びイスラエルのy net news によれば,過去24時間以内トルコに避難した難民の数は1000名を超え,これまでの数と合わせて1600名が難民用テントに収容.
 以下,jisr al sheghour から逃げてきた難民の証言;
(治安部隊の一員で一般市民ととも逃げてきた21歳の兵士)「部隊は本部から抗議者は全員殺すようにとの命令を受けた.5人の兵士が命令を拒否し,自分の目の前で射殺された.其れから司令官,兵士が同士撃ちを始め,検問所にいた180名の兵士のうち120名が射殺された.武装勢力が兵士を殺害したのではなく,司令官たちが殺したのである.このため多くの兵士が逃亡し,我々のグループには60名の兵士が混じっていた」
「週末にかけて,軍はイラン兵士を jisr al sheghur に連れて来て,これらの兵士はシリア市民を殺した.maher(注:悪名高いアサドの弟)は誰でも手あたりしだい殺している」
(18歳の難民)「maherの部隊は女子供を含めて誰でも殺している,彼らはヘリコプターを動員したし,町をバズーカ砲で攻撃した」

 6月10日,シリア軍は jisr al sheghour(※Jisr ash-Shugurとも) 及び周辺の農村への攻撃を開始した模様.
 トルコ側へ越境したシリア難民は口々に,シリア軍がjisr al sheghour とその北にある村を攻撃し,畑を焼き払い,マ-ケットを破壊し,怪我をした者たちを女子供にかかわりなく殺害しており,また水源に毒を入れ,水を飲んだ者が死亡した等の話をしたとのこと.

 同日,人権団体によれば,シリア政府は初めて抗議運動鎮圧にヘリコプターを投入.
 少なくともヘリコプター5機が maarat al numaan にて,群衆を解散させる為に機関銃を発射.
 ヘリの攻撃での死者は不明だが,地上では軍が5名を殺害.

 11-12日付の中東のメディアはいずれも,シリア軍が jisr al sheghour (※ Jisr ash-Shugurとも)及びその近郊で,攻撃ヘリも動員して軍事作戦を続け,30名程度を殺害し,難民多数がトルコに避難――と報道.
 目撃者談によれば,シリア軍の第4軍(悪名高いアサドの弟の指揮する軍)が,これらの地域の攻撃をしており,jisr al sheghour への道路は総て閉鎖され,兵士は無差別で殺傷をしており,また戦車30台,装甲車60台が鎮圧に加わっている由.

 6月12日,12~13日付の中東各紙によれば,シリア軍はjisr al sheghour を制圧しつつあり.
 6月13日,同日付のal jzeerah net 及びal qods al arabi netによれば,シリア軍はjisr al sheghour 及び近辺の農村を占拠し,広範囲で住民を逮捕.
 トルコへの難民の数は7000人.その他数千人が田園地帯に隠れている.
 トルコへ逃れてきた難民及び元兵士などは,いずれもシリア軍が同士撃ちをやっていると証言.戦車同士の撃ち合いを見たという証言も少なくない.
 アサドの甥でダラア地区の治安責任者であった男とダラアの知事がダラアでの事件に関連して,出国禁止を命令さる.

 6月17日,レバノン北部のスンニ派の町トリポリにおいて,シリア政府反対及び抗議運動支持のデモが行われたが,これに爆発物が投げ入れられ,親シリア派と反シリア派が衝突.
 自動小銃やロケット弾も使用され,6名死亡.
 政府軍が投入され,治安を乱すものに対しては断固取り締まるとの声明が出たにもかかわらず,その後も衝突が断続的に継続.
 同日付のal qods al arbi netによれば,トリポリの衝突はスンニ派の地区住民とアラウィ派(アサドの宗派)の地区住民との間で行われたとの由.

 同日,毎週金曜日の金曜礼拝後,シリア各地で抗議行動.
 ダマスカス,ホムス,ハマ,ダラア等の他,ラタキア,アレッポでも初の大規模デモ.
 これを政府軍が激しく弾圧し,シリア全土で少なくとも20名が死亡し,アレッポでも1名死亡.

 6月19日,同日付のal jazeerh net とal qods al arabi net によれば,シリア軍は主としてトルコ国境に近い北西部での活動を続け,いくつかの町を包囲し,住民のトルコへの越境を防ごうと検問所を設置.
 各種人権団体及び目撃者談によれば,先週来から攻撃の中心であったjisr al sheghour では過去数日間に,シリア軍は130名を殺し,1000名以上を逮捕.
 抵抗組織の方は夜間の抗議デモを呼びかけ,各地でデモ.
 抵抗組織はまた23日全国的なゼネストを呼びかけ,アサドと関係の深い人物との取引,製造品のボイコットを呼びかけ.

 6月20日午後,アサド大統領はダマスカス大学にて,予告されていたスピーチを行う.
 殆ど具体的な改革の約束はなく,その骨子は
・シリアは昔から多くの陰謀に曝されてきtが現在も陰謀に直面している
・抗議者の中には,正当な改革要求を有する者,打ちこわし者,過激主義者の3が居る
・このうち正当な改革要求者とは対話を継続して具体的な改革を話し合う用意がある
・残りの2者に対しては断固として対処しなければならない
・避難した者に地する報復はないので,なるべくは早く正常な生活に戻ってほしい
と言うもの.

 演説直後から抗議運動が.
 6月22日,アレッポにおいて大学生218名の学生が逮捕され,近くの町では130名が殺されたとも言う.
 6月23日,同日付のal qods al arbi netによれば,これまで比較的静かであった第2の都市アレッポ方面でも,シリア軍はアレッポからトルコ国境へ至る主要道路に軍隊と治安機関を集結したとの目撃者談.
 この道路は欧州から中東へのトラックが多数通る主要交通路.
 23日には,装甲車を伴った多くの兵士と秘密警察が,各所に障害物を設置.
 そして国境から25km地点に多くの兵士が到着し,周辺で数十人を逮捕した.
 また,政府はアレッポの騒動を阻止するために規制を強めており,住民は盗聴を恐れてトルコの携帯電話を使用している.
 アレッポの住民はトルコ側の住民にも親戚知人がおり,この辺りには無数の密輸道路があるので,今後シリア軍の攻勢が激しくなれば,トルコに逃れる難民の数は増大しようとの予測も.

 6月24日,金曜礼拝後,全土で抗議デモが行われた模様.
 中東関係のメディアによれば,ダマスカス郊外,ホムス等で少なくとも15名はシリアの治安部隊により射殺.
 トルコへ逃げてきた難民の中のアレッポ大学の学生は,「抗議運動に参加したため,秘密警察のブラックリストに載せられており,大学へ復帰できない」と証言.

 6月25日,同日付の英sunday times 紙は,イスラム主義の武装勢力が政府軍を攻撃していると報じる.
 同紙によれば,少なくとも4の町でイスラム主義者の武装勢力が政府軍に銃撃を加え,北西部のmaarat al naaman では4名の治安部隊員が死亡したという.

 6月26日,シリア軍は更にトルコ国境の村に近づいたが,新政府側の人間がトルコへ越境しようとしているとの情報があった為,トルコとの間の検問所が一時閉鎖.
 但し国境閉鎖のニュースは,トルコのメディアでは確認できず.
 シリア軍はまたレバノン国境にも迫り,特にkseir では多くの町民が{一つの報道では数百人)が町を捨てて,レバノンに避難.

 同日付のal qods al arabi net は,シリア当局者がCNNに語ったところでは,武装勢力により殺害された治安部隊関係者は1300名に上ると報じる.
 記事はまた,反政府団体によれば,治安部隊に殺された市民の数は1600名に上る,とも.

 6月29日,これまで大学を除けば基本的に平静であった第2の都市アレッポにて,数千人規模のデモ.
 同日午後,シリア軍の発表によれば,29日の夕刻待ち伏せ攻撃にあって包囲されていたシリア軍部隊を,特殊部隊が救出.特殊部隊には損害無し.
 但し,救出された部隊の人数や所属部隊等は全く不明で,また特殊部隊の人数等も不明.
 他方武装勢力側には人的損害を与え,逮捕者もあるとのことだが,この武装勢力とはそもそも何者であるのかの説明もなし.

 6月30日,依然としてシリアの多くの町で抗議デモが続けられ,他方特にシリア北部,北西部では政府軍及び治安部隊が,新しい村や町を制圧.

 7月1日,「追放の金曜日」と言う呼びかけに応じ,全土でアサド政権の退陣を求める抗議デモ.
 参加者は,中東のメディアによれば数十万人,同日朝のBBC放送は未確認ながら300万人.al sharq al awsat net によれば,中部のハマだけで50万人.
 各地で兵が発砲し,住民に相当の被害が出た模様.BBCによれば,ハマにおいて9名死亡.

 シリア全体では,人権団体情報によれば24~28名との未確認情報.
 多くの報道が,最も多くの死者が出たのが北西部で,最近シリア軍が掃討作戦を行っていた地域であると一致して報じる.

 7月2日,アサド大統領はハマの知事を解任.50万人デモを阻止できなかった責任を取らされた模様.
 同日,スイスが同国のシリア資産を凍結.
 7月4日,al jzeerah net によれば,北部におけるシリア軍の制圧行動が余り伝えられないことから,トルコ領内に避難していた民衆のうち,267名が帰国.
 同日,ハマには依然として戦車部隊を伴った治安部隊が介入,民衆と衝突して,al jazeerah によれば,死者14名.過去数日の逮捕者は500名に上ると報じる.

 7月8日,le figaro internationl netによれば,ハマにおいて,アサド政権に抗議する50万人の抗議集会.
 記事によると市内には同日,治安部隊の姿は全く見られなかったが,町は80台の戦車で取り囲まれており,住民は1982年の大虐殺を思い出して恐れているとのこと.
 治安部隊が姿を見せなかった大きな理由は,仏及び米国大使がハマを訪問していたため.

 7月8~9日,バニアスで25名が逮捕さる.
 7月9日,同日付のy net news によると,ハマ在住であった歌手のibrahim kashush が先日のハマの抗議集会で,群衆の前で反アサドの歌を歌ったところ,ハマの治安部隊による制圧後仕事の帰りに行方不明になり,2日後に喉を切られた状態で捨てられてるのが発見さる.
 彼の歌「バシャールよ,お前の正当性は失われた,嘘つき者よ,早く消え失せろ・・・」は革命のシンボル・ソングになったが,彼の遺体写真はyoutube に載せられ,革命のシンボルに.

 7月10日,ダマスカスにて国民対話の初会合が開かれ,シャラ副大統領が,「今対話は先例にない{大胆な)試みで,シリアを民主的多党制国家に転換することを目的としている」と挨拶したとのこと.
 対話には約200名の独立系,学者,文化人等が出席したとのことですが,反政府派はボイコット.
 同日,ホムスに治安部隊が突入,実弾を発砲し,多くの者を逮捕.

 7月11日,ダマスカスの米大使公邸,米大使館,仏大使館,カタール大使館に,青年を中心とした多数の群衆が押し寄せる.
 群衆は施設に乱入しようとの姿勢を見せ,投石などをしたために,大使館の警備が催涙ガスを発射して乱入を防止し,いずれの大使館でも人員の被害はなかったが,窓ガラス等が破壊さる.
 米仏大使がハマを訪問したことを怒ったシリア政府のやらせと見られる.

 7月12日深夜~13日未明,al qods al arabi net によれば,ダマスカス東部のdir al zur 地方のal tiyanh とal basirahで(以上の地名はいずれもアラビア語からの音訳)において,ガスを送付するパイプラインが2か所で爆破された音を住民が聞いたとのこと.
 ここは通常,非常に警戒の厳しい所.
 この地方の部族長の一人は電話で,
「住民は,この爆発は政府が平和的な抗議運動に罪をなすりつけるための自作自演と考えている.何となればこれだけ厳しい警戒の中で,このようなことができるのは政府の手のものしかいないからである」
と語ったとのこと.

 7月13日夕,dir l zour 近くでパイプラインが爆破さる.
 ただし,活動家はガスのパイプラインとしているのに対して,政府の方では送油管としている.

 7月14日,ホムス,ハマ,バニヤス,ドウマ,ディールッズール等でゼネスト.
 7月15日,al jazeerah netによれば,前日のゼネストを受けて,シリアの多くの都市で抗議行進があったが,その中にはホムス,アレッポ等も含まれ,参加者は100万人を超えたという.
 他方al qods al arbi netによれば,ハマとディールッズ-ルの2か所及びその近郊で,それぞれ50万人規模の抗議デモが行われたとのこと.

 7月16~17日,ホムスにおいて,政府側と反政府側の群衆の間で衝突があり,24時間以内に30名以上が殺され,人権委員長は「今やシリアは内戦の危機にある」として,このような対立を煽っている勢力を非難.
 7月17日,同日付のアラブ紙(ネット)によれば,政府は東部のdir al zur県のal bukmal 市を戦車部隊で包囲し,軍の突入に備える.
 また,同市には特殊部隊が空挺突入.
 さらに,ダマスカス郊外でレバノンに近いal zubdaniも,第4師団(アサドの弟maherの指揮するエリート部隊)が制圧.
 その他,各地で政権は活動家の逮捕を続けており,有名な作家も逮捕さる.

 7月22日,al jazeerah net によれば,全国で120万人が金曜日デモに参加.中でも最も多かったのがハマとホムス.民間人9人死亡と報じる.
 一方,al qods al arabi net によれば,全国で数十万人規模.ダマスカス,ハマ,ホムスの他,ラタキア,ダラア,ディールッズール等でも抗議デモ発生.民間人の死者は最低でも11人と.
 また,同紙によれば,クルド人に対する弾圧が初めて行われ,クルド人居住地域のal kamishliにおいて,軍及び民兵がクルド人抗議者に催涙ガスや棍棒を使用して数十人を負傷さす.

 7月23日,同日付のy net news によると,シリアの中部ハマの近くで,アレッポ発ダマスカス行きの列車が脱線.運転手が死亡し,14名が負傷.
 ハマの知事は「これは反政府勢力によるサボタージュの結果で,彼らは列車の乗客全員を殺害しようとした」と主張しているが,記事は知事の見解に懐疑的.

 7月27日,カイロのアラブ連盟の前で数十人のシリア人が抗議デモを行い,アラブ連盟がシリアの弾圧に対して明確な立場をとるよう要求.
 7月28日,同日付中東各紙は,シリア軍が海岸の町ラタキアに戦車4台を突入させ,街の周囲を戦車数十台で包囲していると報じる.
 また,同日付のal qods al arabi net によれば,シリアの人権NGOの話として,3月15日以来2918名が逮捕後行方不明になっていると.
 他にこれまで1634名が殺害され,26000名が逮捕され,そのうち12617名が依然として拘留中とのこと.
 さらに同紙によれば,シリア政権はラマダン月を前にして,民衆への弾圧,特に大量逮捕を進めているとのこと.

 7月29日,al qods al arabi net によれば早暁,ホムスの近くで送油管が爆破.
 ホムスの知事は,
「破壊分子がtel housh ダム(灌漑用のダムか?)の近くで,午前4時ごろ,爆薬で送油管を爆破したが,犯人はダムの近くと言う重要個所を選び,このダムは広範囲に給水しているために,大きな被害をもたらす可能性がある」
と非難.
 このダムはホムスをタルトウスかの広範囲の農地を灌漑している由.

 7月31日,ラマダン虐殺
 al jzeerah net の記事が伝えるところでは,活動家及び目撃者談によると,シリア軍の戦車が約1月の同市の包囲の後,早朝,4方面から銃砲撃を加えながら,町に突入して,市民の間に24名の死者.
 また,病院によれば数十名の負傷者が運び込まれ,また市の一部は停電しているとのこと.
 シリアの北東部のdir l zour 県でも広範囲な軍事行動がみられ,6名の市民が殺害されたとのこと.
 さらに,軍の一部が離反し,解放軍を組織し,アサド政権打倒のために戦うと声明したとも報じる.

 al jazeerah net の続報によれば,ハマの130名以上を含め,シリア治安機関による市民の殺害は150名に.
 BBCやCNNでは死者14名,イスラエル紙は100名以上と報道.
 また,ハマでは300名が負傷し,現地の病院では血液の提供を呼び掛けており,また,医薬品も欠乏しているとのこと.
 シリア軍は自動小銃や機関銃等の銃器のみならず,戦