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<◆◆◆◆経緯 Története
<◆◆◆シリア内戦
<◆◆戦史
<◆シリア
中近東FAQ目次


 【質問】
 国連シリア監視団って何?
 3行以上で教えて!

 【回答】
 国連シリア監視団 United Nations Supervision Mission in Syria(UNSMIS)は,シリア内戦の停戦を監視する目的で,2012年4月に発足したPKO.
 シリア問題で国連などの特使を務めるアナン前国連事務総長が提案,アサド政権と反体制派が同意した停戦の履行を監視するため,国連安全保障理事会の決議に基づき設立された.
 2012.4.21,国連安保理にて全会一致で採択され,
「全当事者によるあらゆる形態の暴力停止の監視」
を目的とした.
 団長はノルウェー軍出身のムード将軍で,欧州やアフリカの軍人が参加.
 本隊は非武装の軍事要員最大300人で構成.
 派遣期間は7.20までの90日間とされたが,7.20になって,さらに30日間延長された.

 しかし,アサド政府軍は攻撃をやめず,反体制派の反撃も激化.
 国連監視団の訪問地では戦火が収まり,立ち去ると再燃する「いたちごっこ」が続いた.
 そのため,UNSMISは2カ月で活動を実質的に停止.
 実績と言えば,7.14,150人以上が殺害されたとされるシリア中部の村タラムセ Treimsa の現場に調査に入り,「虐殺はシリア空軍によるもの」との分析結果をまとめたことくらいだった.

 再延長の動きがあったものの合意に至らず,活動期限の8.19に解散,撤収.
 PKO史上に残る失敗となった.
 代わりに文民の連絡事務所を首都ダマスカスに設置し,アサド政権と反体制派の対話の窓口としたが,対話なんてものがろくに成り立たなかったことは,その後の展開が示す通り.

▼ それどころか,桜木武史によれば,国連監視団が来るので自由シリア軍が撤退したところ,国連監視団は何もすることなく都市を駆け抜けていき,その直後にアサド政府軍がその隙へ突入.
 まるで国連監視団が政府軍を案内してきたも同然となったという.
 詳しくは,
桜木武史『シリア 戦場からの声』(アルファベータブックス,2016), p.68-71
を参照されたし.▲

 【参考ページ】
http://www.nishinippon.co.jp/wordbox/article/6734
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM20006_Q2A820C1EB1000/
http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/e/d193013e5109994cc41013a05e20f5f9
http://jp.reuters.com/article/jt8200493-syria-crisis-un-idJPTJE86J01V20120720

【ぐんじさんぎょう】,2016/09/13 20:00
を加筆改修

<年表(国連シリア監視団派遣決議以降)>

 4/21,安保理は全会一致で停戦監視団の90日派遣を認める決議を採択.
 シリアでは各地で政府軍により25名が殺害さる.うち13名がアレッポ,4名がホムスおよびダラア,2名がダマスカス郊外.
 ホムスでは2月以来初めて砲撃が止まる.
 ダマスカスのmazzi軍用飛行場で大きな爆発があり,飛行場からは銃撃の音が聞こえ,治安部隊が飛行場に向かう道路を閉鎖.
 政府によれば反政府勢力がdir al zour の輸送管を爆破.

 シリア政府軍がnaseeb市において,ヨルダンに避難しようとする数百位名の市民に対して発砲し,多くの難民が銃創や火傷を負った.ヨルダンのNGOによればシリア軍は離散兵の逃亡を阻止しようとしたものの由.
 4/22,全土で20名が政府軍の銃撃により死亡.その大部分はダマスカス郊外のdumaとイドリブでの死者.特にdumaでは戦車15両に支援された政府軍が攻撃.他方,ホムスは基本的に静か.
 これに対してシリア国民評議会報道官は,シリア政府が監視団を欺いていると非難.

 4/23,シリア各地で80名が政府軍の銃撃等により殺害さる.最も多かったのがハマの37名.政府軍はハマに対して激しい砲撃を続ける.
 他にイドリブで17名,ダラアで5名,ホムスで3名,dir l zour で2名等が死亡.
 国連の政治担当事務次長は安保理に対し「シリアの停戦は完全ではなく,未だに殺人が続いている」と報告.
 レバノン軍情報部はベイルートで多数の銃,RPG等を積んだ小型トラックを押収.これらの武器はシリア向けに密輸されるところで,トラックにいたレバノン青年2名,シリア人2名を逮捕した.

 4/24,シリア各地では30名が政府軍に殺害さる.その大部分はホムスとダマスカスの近辺での死者.
 特にdumaに対しては継続的に激しい砲撃が加えられ,戦車に支援された政府軍及びバース党民兵が攻撃.また,ハマ,ダラア,ダマスカス郊外でも政府軍が攻撃した.
 ダマスカス中心部にあるイラン文化センターの前で車爆弾が爆発,将校3名が死亡し,3名が負傷した.
 また,同じくダマスカスで軍情報部の第1次官が何者かに暗殺された.
 シリア情報機関は未明にパレスチナ人女性思想家で活動家のsalmah kilahを逮捕.

 4/25,アサド軍の攻撃により102名が死亡.そのうち71名がハマでの死者.同市のmshaa al tayiar 地区には,ロケット弾が撃ち込まれ,そこだけで57名が死亡した.
 その他,ダラアで7名,ダマス郊外で4名,イドリブで3名,ホムスでも3名,アレッポで2名等が死亡.
 アサド政府軍及び民兵は,トルコ国境に近い農村では民家を荒らし,また,jisr al shugour では16名を誘拐.
 アサド政府によれば,政府軍はトルコ国境からの「テロリスト・グループ」の浸透を阻止し,そのうち1名を殺害したとのこと.
 国連によれば,新たに4名の監視団員が到着し,人数は15名に.

 4/26,シリアでは政府軍の銃砲撃で28名が死亡.この大部分が政府軍のdia al zurとアレッポに対する砲撃に依る.監視団員の到着(16日)以来の死者は462名に.
 シリア軍はその他でも攻勢を強め,ハマでは方々で群衆を逮捕.ダマスカス郊外では民家20軒以上を徴発し,各地で道路を封鎖.
 監視団員はダラアを訪問.
 シリア情報大臣は「テロリスト(反政府派)が1300件の停戦違反を犯した」と非難.

 4/27,シリア各地では16~21名が政府軍の銃撃で死亡.
 反政府派は反アサドの金曜日デモを呼びかけ,ダマスカス郊外,ダマスカス中心部,ホムス,ハマ,ダラア等の各地でデモ発生.
 政府軍はイドリブ,アレッポ,dir al zour 等で機関銃等にて市街地を攻撃.
 シリア通信は,ダマスカスの中心のmidan地区で,自殺テロにより9名死亡し,数十名が負傷したと報道.ダマスの工業地区では車爆弾で死傷者が生じた{数字は不明)
 国連事務総長はノルウェイのmoud 将軍を停戦監視団団長に任命.

 4/28,シリア各地で政府軍の銃撃で44名が死亡.うち12名がダマスカス郊外での死者.他にイドリブ,ホムス,アレッポ,ダマスカスでも犠牲者がでた.
 ラタキアの大統領宮殿近くでシリア将校,兵士約30名が軍から離反.
 反政府兵士がゴムボートで海から兵舎を攻撃し,撃ち合いがあり,双方に死傷者がでた.
 レバノン海軍はリビアからの輸送船がシリア(反政府側)向けの武器弾薬類を運んでいるのをレバノン北部の港に停泊させ,武器弾薬類のコンテナー3個を押収.

 4/29,シリア各地で政府軍の銃撃で各地で15名が死亡.犠牲者が生じたのはダマスカス郊外,ハマ,ホムス,イドリブ,ダラア,ダマスカス等.
 国連停戦監視団長のmoud 将軍がダマスカスに到着し,関係者に対して殺し合いを止めるように呼びかけた.また現在15名に過ぎない監視団員は今後徐々に増強されると語った.

 シリアTVが,ダマスカス中心街sabaa baharat 広場にある中央銀行が対戦車RPGで狙われ,物的被害があったが人的被害はなかったと報道.
 4/30,シリアでは各地で10名が政府軍により殺害さる.
 イドリブでは空軍情報機関及び軍情報機関を狙ったと思われる2つの爆破事件があり,20名の治安要員が死亡し,多数が負傷(政府発表では死亡したのは民間人を合わせ8名)
 ダマスカス市内でパトロールの警察がRPGで攻撃され,警官4名が負傷したとシリア通信が報じる.
 レバノン治安当局によれば,シリア・レバノンの山岳地帯の国境で,シリアに潜入しようとしていたスイス人1名,レバノン人4名にシリア軍が発砲し,1名が負傷.

 5/1,シリアでは政府軍の銃撃で43名が死亡.その大部分はイドリブ,ホムス,ダマスカス郊外,dir al zourでの死者.
 dir al zour では政府軍と反政府軍が激しく衝突し,政府軍に12名の死者が.
 「シリア人民支援戦線」と名乗るイスラーム勢力が,先のイラン文化センター(ダマスカスの中心地)の爆破事件について,犯行声明を出した.

 5/2,
 5/3,政府軍の攻撃で33名が死亡.
 アレッポにて治安部隊が大学を攻撃し,少なくとも学生4名が死亡,28名が負傷.学生200名が逮捕され,アレッポ大学は閉鎖さる.
 ダマスカス郊外にて政府軍兵士が離反し,正規軍等との間で戦闘があり,双方に犠牲者が出た.
 国連停戦監視団のmoud団長はホムス,ダラアを訪れ,知事を含む双方の関係者と会談.

 5/4,シリア各地では,政府軍の銃撃で37名が死亡.イドリブ,ダマス,ホムス,ハマ,アレッポ等での死者.
 ダマスカスのカダム地区で大爆発の音がして,治安部隊は近辺で捜索活動を強め,ほとんどのモスクが閉鎖された.
 政府の弾圧にもかかわらず,多くの町で抗議集会.
 アナン特使は,停戦は少ししか遵守されていないと指摘.

 5/5,シリア各地では政府軍の銃撃で22名が死亡.9名がダマスカス郊外,7名がホムス,3名がイドリブ,ホムス及びアレッポで各1名の死者.
 ダマスカス中心部で相次ぐ爆破事件.アレッポ中心部では爆発で5名死亡,多数が負傷.
 抵抗学生によれば,アサド政府は公立及び私立大学で大規模な弾圧を進めており,多くの学生が逮捕され,拷問されたほか,一部の大学は兵舎にされ,またホムスの大学はロケットの発射場として使われているという.一部の教授は学生の弾圧に参加し,バース党の民兵に参加.
 最近アサド政権は医者や活動家の子供たちの逮捕を進めている.特に医者や薬局の場合,活動家の医療に当たったという疑いだけで逮捕され,多くの場合拷問を受けている.
 シリア国内に居住する反政府派は,暫定議会を組織.


 5/7,シリア各地で政府軍の銃撃で27名が死亡.その大部分がdir al zour とホムスとハマ.政府軍は各地で攻撃を続け,ホムスでは戦闘機が低空を旋回.
 ダマスカス郊外等での反政府兵士に対する待ち伏せ攻撃等,双方で衝突があり,双方の兵士に犠牲者.
 議会選挙が始まり,多党制選挙とのうたい文句だが,反政府派はボイコットを呼びかけていることもあり,各地の投票所は閑散.

 5/8,シリア各地で政府軍の銃撃で23名が死亡.犠牲者が出たのはホムス,イドリブ,ダラア,ダマスカス郊外,ハマ,dir al zour 等.
 ホムスは8日夜間から連続して臼砲の攻撃.イドリブ及びその郊外も夜間臼砲,大砲の攻撃を受けた.
 政府軍の弾圧にも拘わらず,首都ダマスカスの各地で夜間デモが行われた.

 5/9,シリア各地では18名が政府軍により殺害さる.その大部分はイドリブ,及びホムスでの死者.
 反政府によればダマスカス郊外で自由シリア軍はバース党民兵の車列を攻撃し,少なくとも7名を殺害.
 ダラアでは国連の監視団(団長を含む)の車列を狙った車爆弾が爆発し,監視団には被害はなかったが,警護のシリア兵が負傷.

 5/10,シリア各地では政府軍により市民31名が殺害さる.その大部分はダマスカス,ダマスカス郊外,ホムスでの死者.
 早朝,ダマスカス南部の軍情報部の前で,自動車爆弾2つが爆発する自爆テロがあり,死傷者多数.

 5/11,シリア各地で18名が政府軍により殺害さる.ハマ及びイドリブで3人が死亡し,ホムス,ダラア等でも死者あり.
 アレッポでは,反政府派によれば,11日夕刻市の中心のバース党本部目で大きな爆発があった.他方シリアTVはアレッポで(場所は不明)治安部隊が,自爆者を射殺して爆発を未然に封じたと報じた.彼の車には1200kgの爆薬があった由.
 シリア各地,特にダマスカス及びその郊外で,政府の厳しい監視と弾圧にも拘わらず,アサド打倒のデモ発生.

 5/12,シリア各地で政府軍の銃撃等で12~33名が死亡.うち9名がホムス,3~8名はダマスカス及びその郊外,8名がハマ,各2名がホムス,ラタキア,dir al zour での死者.
 政府軍はイドリブ市の周辺で各地で農村に対する攻撃を強めている.
 「アル=ヌスラ戦線」が,ダマスカスでの2連続自爆テロ事件の犯行声明を出し,ダマスカス及びアレッポでの他の爆発も行ったと表明.
 シリア政府は国連の拷問対策委員会に対して,シリアにおける拷問の問題に関する報告書を提出することを拒否.

 5/13,シリアでは政府軍により30名が殺害さる.その大部分がハマの郊外での死者.
 政府軍は自由シリア軍に誘拐されていた将校の釈放と引き換えに,ダマスカスのbarza地区への攻撃で殺害された市民7名の遺体を引き渡し.反政府派によると,最近政府軍は殺害した遺体の引き渡しを拒否したり,長期間留め置く作戦をとっているが,この作戦は時間をかけることにより,死者の葬儀が大規模な抗議デモになることを防止するためとされる.
 国連停戦監視団員がホムスのal qasir 市で,政府軍の屯所から発砲されたため,同市から引き上げられた.

 5/10のダマスカスでの2大爆発の犯行声明を出したとされる「シリアのヌスラ前線」が,ネット上の声明でその犯行を否定し、先日の声明は偽造されたものであると主張.
 夕,レバノン北部にあるトリポリ市の北部で衝突が起こり,7名が負傷.
 5/14,シリア各地では政府軍の銃撃で22名が死亡.市民の死者のうち10名はホムス(うち2名は拷問で死亡),5名がダラアでの軍の燃料爆発のそば,他はハマ,ダマス郊外,dir al zour 等でのもの.
 ホムスのal rastan 市で,政府軍と反政府兵士の衝突があり,少なくとも政府軍兵士が23名死亡,数十人負傷.政府軍の装甲車3両が破壊,2両が鹵獲さる.町は政府軍により13日夕刻から連続して砲撃されていた.
 シリア国民評議会のメンバーは,アラブ連盟開催の反政府派糾合の会合に出席しないと言明.その理由は連盟の招待状が,組織としての評議会ではなく,メンバー個人宛に送られたからとのこと.
 ロシア外務次官は,最近のシリアにおける敵対行為(テロ)の背後には,アルカイダとその同盟者がいると述べた.(特段の証拠は提示していない)

 ロシアの国連代表が安保理で,コソボがシリアの反政府兵士に訓練の場所を提供していると非難.
 5/15,シリアでは政府軍の銃撃等により75名が死亡.うち29名がイドリブ(そのうち28名がkhan shifun)、10名がホムス、6名がダマスカスとその郊外,タルトゥス,ハマ,dir al zour,2名がダラアでの死者.
 シリア政府はアラブ人戦闘員26名を逮捕したと発表.そのうち19名がチュニジア人であると述べた.

 washington post紙は,米国の調整の下,湾岸諸国がシリア反政府派への武器の費用を負担していると報道.
 5/16,シリア各地で26名が殺害さる.その大部分はホムスでの死者.政府軍はホムス,ダラア,ダマス及びその郊外等で攻勢強化.特に激しく攻撃されたのがラスタン市とホムス市のal shammas地区で,これらの地域は2日連続激しい砲撃にさらされ,al shammas地区では虐殺が起きていることが懸念さる.
 ダラアの避難民のテントにて,政府軍の銃撃で3名が死亡.また,銃機関銃の射撃で同じくダラアで1名が死亡.
 khan sheifun 市の入り口で,国連停戦監視団の車列が破壊さる.監視員6名は自由シリア軍に保護され,停戦監視団に引き渡さる.

 5/17,政府軍の銃撃等で35名が殺害さる.そのうち12名がダマスカス及びその郊外,9名がホムス,4名がそれぞれアレッポとダラア,3名がイドリブでの死者.
 アレッポにおいて,国連監視団の前でアサド打倒デモ発生.
 アサドの出身地al qardaha出身の空軍中佐が政府軍を離脱.これはアサドの出身地からの最初の高級将校の離反.
 シリア国民評議会のガルユン議長は,彼の議長選出(任期延長)後種々の不満や批判があったことを踏まえ,彼の後任が選出されるか,適任者に意見が一致すれば,統一維持のために即刻辞任する用意があると発言.

 5/18,シリア各地で政府軍により23名が殺害さる.その大部分はホムスでの死者.
 アレッポ大学での抗議運動を支援するため,反政府派の呼びかけで,シリア各地にて「アレッポ大学英雄の金曜日」と題するデモ発生.ダマスカスではデモに政府軍が発砲し,少なくとも1名死亡,数名が負傷.
 アレッポにて車爆弾の爆発で政府軍将校1名が死亡,5名が負傷.
 アサド政府は,「dir al zour で車爆弾を発見して,爆発を未然に阻止した」と発表.
 監視団の団長はシリアでの暴力が増加していることを認め,現在の停戦監視団だけではこれを食い止めることは不可能であると発言.
 ロイター電によれば,国連の北朝鮮武器禁輸委員会は,北朝鮮がシリアに制裁に反して武器類を供給していると言う専門家の秘密報告を検討.
 チュニジア通信は,同国の内相がチュニジアの青年でシリアで逮捕されている者や戦闘死亡したものや,現在戦闘に参加している者がいることを認めたと報じる.

 シリアの「レバノンがシリアへの武器密輸及び戦闘員の潜入の経路となっている」との非難に対し,レバノンのミカティ首相が厳しく反論.
 5/19,シリアでは政府軍の攻撃で市民27名が死亡.そのうち7名がダマスカス及びその郊外,4名がイドリブとホムス,3名がハマでの死者.
 東部のdir al zour にて,軍及び空軍情報機関の前で車爆弾が爆発,9名が死亡し,100名が負傷.自由シリア軍は事件関与を否定し,政府のテロ機関の仕業であると声明.
 国連はシリアへの停戦監視団の配置を完了.

 5/20,シリア各地にて,主として政府軍の銃砲撃で63名が死亡.ハマの郊外では41名が死亡,そのうち39名が戦車砲によるsuran 市での死者.反政府派はこの殺戮を虐殺として非難.
 他に8名がホムス市及び郊外,6名がイドリブ,3名がダラア,2名がそれぞれダマス郊外及びdir al zour で死亡.
 政府軍と自由シリア軍との間で,ダマスカス郊外,ダラア等で激しく戦闘.

 北部レバノン(トリポリ市の近く)のakkar 地方にて,シリアの反政府支持の指導者及びハリリ前首相の党の議員及び補佐官が,軍により射殺さる.その地方の道路は火をつけられたタイや等で閉鎖されるなど,政治的に緊張.
 同日夜には,その政治的緊張はベイルートにも波及し,ニューロードとアラブ大学の近辺にて武装勢力同士が衝突.3名死亡,9名負傷.
 5/21,シリア各地において,政府軍の銃砲撃で32名が死亡.そのうち8名がハマ,7名がホムス,5名がイドリブ,3名がアレッポ,2名がクネイトラでの死者.
 また,そのうち5名がハマ郊外,9名がダマスカス郊外で処刑された,政府軍からの脱走兵.
 ダマスカス郊外では政府軍と自由シリア軍との間で戦闘があり,dumaでは政府軍の待ち伏せ攻撃で,反政府兵士9名が死亡.

 レバノン北部におけるスンニ派指導者の殺害がきっかけとなった,レバノン情勢の緊迫化は,首都ベイルートでは軍の大量配置もあり平静に戻ったが,トリポリ等北部レバノンでは,死者の葬列が殺害に対する抗議デモとなり,参加者はアサド大統領及びヒズボッラのナスラッラ書記長を非難しながら,抗議の銃を空に向けて発射.また,トリポリでは殆どすべての店がゼネストに参加して閉鎖.
 5/23,シリアにて政府軍の銃撃等で23名が殺害さる.そのうち6名がダマスカス及びその近郊,7名がホムス,5名がdir al zur,4名がダラア,3名がイドリブ,2名がアレッポ,1名がラタキヤでの死者.
 情報によると,アレッポの北,東,西の方向の村落90%は,自由シリア軍の支配下にあり,政府軍は都市部の中心,都市の出口等に駐留しているに過ぎない由.
 また情報筋によればアサド軍は村落地帯で支配権を失っており,特にホムス郊外,ダマス郊外,dir al zer 郊外,アレッポ郊外やダラア県のいくつかの町でそうである由.
 多くの町で打倒アサドのデモ発生.
 ダマスカス近郊で第3師団から兵士203名が離脱.
 ダマスカス近郊のゴータの空軍情報部(前に爆破テロのあった所)近辺で大きな爆発音と噴煙が上がるのが目撃さる.

 5/24,シリア各地で政府軍の銃撃等で23名が死亡.死者が最も多かったのはイドリブとハマ.
 シリア政府筋は「武装勢力がダマスカス郊外でシリア軍中佐とその息子を暗殺した」と非難.

 5/26,ホムス県のHoulaにて,金曜礼拝後デモに出た民衆を政府軍及びバース党民兵が襲い,78~106名が殺され,200~300名以上が負傷.その大部分が婦女子.
 これに対してシリア政府は虐殺はテロ集団の仕業であると主張.
http://blog.livedoor.jp/abu_mustafa/archives/4204450.html
http://blog.livedoor.jp/abu_mustafa/archives/4205178.html
 また,同地では政府軍による虐殺を阻止しようとする自由シリア軍と政府軍が衝突し,政府軍に多数の死傷者が生じ,戦車5両が破壊さる.
 他に政府軍の攻撃により,各地で41名が政府軍により殺害さる.そのうち13名がホムス,11名がダマスカス及びその郊外,3名がイドリブとダラア,2名がアレッポ等での死者.ハマでは8名の脱走兵が即時処刑さる.
 イスラエル紙haaretz がイスラエル政府の信頼すべき筋から得た情報によれば,アサドの義理の兄弟shawkatを含むバース党幹部で治安関係者(国防大臣,内務大臣を含む)を毒殺しようとの企てがあったが,彼等は病院に運ばれ,かろうじて一命を取り留めた由.これは自由シリア軍による暗殺計画であったが,実行した護衛兵は無事外国ん逃亡した由.
 5/27,活動家筋の情報によれば,ハマ市において政府軍の砲撃等で40~50名が死亡.他に政府軍の銃撃等により,ダマスで4名,ダマスカス郊外とイドリブとで3名,2名がホムス,1名がダラアで死亡.
 ダマスカス郊外において,政府軍及び自由シリア軍との間で戦闘.

 5/28,政府軍の銃砲撃や政府軍と自由シリア軍の衝突により,民間人及び兵士が34名死亡.ダマスカス郊外では両軍の交戦により,反政府軍2名、政府軍8名が死亡.
 アレッポの空港近くにて,車爆弾により将校3名死亡、兵士19名以上負傷.
 シリアの多くの都市で,虐殺に抗議するゼネスト.スーク・ルハミディア(ダマスカスで最も有名なスーク)を含むダマスカスの主要スークも抵抗運動開始後初めてゼネストに参加.
 英国のガーディアン紙によれば、シリアの情報機関から離反した者の証言として、シリアの民間人に対する虐殺・殺戮は,アサドの家族及び政権の中核にある者,特にアサドの甥・弟が直接の命令を出しているとのこと.

 5/29,シリア各地で政府軍の銃砲撃等で61名が死亡.その大部分はホムス、イドリブ、dir al zurでの死者.
 ダマスカスはゼネストで麻痺.
 houlaの虐殺に関し、国連人権高等弁務官事務所は、信頼できる情報によれば、犠牲者の大部分はバース党民兵による至近距離からの処刑(殺人)であると記者会見で発表.

 5/30,シリアではダマスカス近郊、郊外、市内等で政府軍と反政府軍の衝突があり、政府軍の砲撃と相まって、民間人、政府軍、反政府軍に39名の死者が出た。他にホムス及びアレッポでも政府軍と反政府軍が衝突.
 国連停戦監視団は東部のdir al zur の近くで、後ろ手に縛られて処刑された13名の遺体を発見.
 トルコは大使以下シリア外交官全員を追放すると発表.






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 6月22日,トルコ軍のF4ファントムがシリアによって撃墜さる.
 7月15日,首都ダマスカスで反体制派と政府軍による激しい戦闘が勃発し,17日には反体制派が市民に対して一斉蜂起を呼び掛けた.
 7月18日,首都ダマスカスの治安機関本部で反体制派の自爆テロにより,ラージハ国防相,シャウカト副国防相(アサド大統領の義兄),トゥルクマーニー副大統領補の3人が死亡し,シャアール内相とイフティヤール国家治安局長が負傷.
 7月19日,反体制派がトルコ国境検問所とイラク国境検問所を含む3か所の検問所を制圧し支配下に.
 7月20日,18日の自爆テロで重傷を負っていたイフティヤール国家治安局長が死亡.
 8月6日,リヤード・ファリード・ヒジャーブ首相が,政権からの離反を表明.
 8月9日,ヒジャーブの後任としてワーイル・ナーディル・アル=ハラキーが,首相に任命.
 8月9日,自由シリア軍はアレッポ中心部のサラーフッディーン地区から撤退.
 8月10日,シリアとヨルダンの国境で,両国軍による戦闘.
 同日,アレッポ国際空港に対する反体制派の攻撃を,政府軍が撃退した.
 8月12日,シリア当局は,「ヌスラ戦線」指導者ワーイル・ムハンマド・アル=マジダラーウィーを殺害した,と発表.
 8月16日,国連安全保障理事会が,シリアの国連停戦監視団の解散・撤収を決定.
 8月20日,シリア軍,ジャーナリスト山本美香を射殺.
 9月16日,イランのイスラーム革命防衛隊・モハンマドアリー・ジャアファリー司令官は,革命防衛隊のメンバーが,シリアで「非軍事的支援」を行っていることを明らかに.
 9月22日,自由シリア軍は,司令部をトルコからシリア国内に移動させたと発表.
 9月23日,ダマスカスで,反体制派の会議が開かれ,平和的手段によるアサド政権打倒で一致.この会議には他に約20の反体制派勢力が参加したが,反体制派武装勢力・自由シリア軍は,この会合への参加を拒否.
 10月2日,レバノンの治安当局は,アサド政権と密接な関係を持つレバノンのシーア派組織・ヒズブッラーの司令官アリー・フセイン・ナースィーフと戦闘員がシリア国内で死亡したことを明らかに.
 10月3日,シリア北部の都市アレッポのサアドッラー・アル=ジャービリー広場で,シリア政府軍を狙った車爆弾攻撃が3件発生し,死傷者多数.
 10月8日夜,ダマスカス近郊のハラスターの軍施設に対し,ヌスラ戦線が2回の自爆攻撃.
 10月21日,ダマスカス旧市街のキリスト教徒居住者が多いバーブ・トゥーマー(トーマス門)付近の警察署前で,自動車に仕掛けられたとみられる爆弾が爆発し,少なくとも13人が死亡.
 11月11日,従来のシリア国民評議会に代わる新たな反政府統一組織シリア国民連合が樹立され,フランスなどがシリアにおける唯一の正統な代表者として承認.
 12月11日,アメリカは,ヌスラ戦線をテロ組織に指定.
 12月12日,モロッコのマラケシュで開かれていた「シリア友人会合」は,シリア国民連合をシリア国民を代表する唯一の代表として承認.
 12月26日,シリア政府の憲兵隊司令官アブドルアズィーズ・アッ=シャッラール少将が,動画投稿サイトに掲載したビデオ声明で,政権より離反し反体制派へ加わることを明言.

 2013年1月11日,反体制派はイドリブ県にある政府軍のタフタナーズ空軍基地を制圧.
 2月21日,シリアの首都ダマスカスで,政権与党バアス党の本部やロシア大使館の近くで車爆弾攻撃があり,53人以上が死亡.
 3月6日,ゴラン高原において停戦監視にあたっている国連兵力引き離し監視軍(UNDOF)のフィリピン人要員21人がシリア反体制派勢力に拘束され,「ヤルムーク殉教者」と名乗る組織がネット上に犯行声明.
 3月9日,フィリピン人21人が解放.
 18日,シリア軍戦闘機2機がレバノン北部の町アルサールにロケット弾3発を発射.
 3月21日,ダマスカスのアル=イーマーン・モスク内で自爆テロ.スンナ派指導者(ウマイヤド・モスクのイマーム)でアサド政権寄りのムハンマド・サイード・ラマダーン・アル=ブーティー師とその孫を含む42人が死亡.
 3月24日夜,自由シリア軍の指導者リヤード・アル=アスアド大佐が,シリア東部マヤーディーンにおいて,乗っていた車が爆発し重傷を負う.
 4月8日,中央銀行や財務省のあるダマスカス中心部サバア・バハラート地区で自爆があり,少なくとも15人が死亡.
 4月10日,ヌスラ戦線が,アル=カーイダ指導者アイマン・ザワヒリに忠誠を誓う声明を発表.
 5月8日,ヌスラ戦線の指導者アブー・ムハンマド・アル=ジャウラーニーがダマスカスの近くで政府軍の爆撃により負傷した,とシリア人権監視団が発表.ヌスラ戦線側はこれを否定.
 6月2日,レバノン領内で,シリア反体制派武装勢力とヒズボラの間で戦闘発生.
 6月5日,シリア国営テレビが,シリア政府軍がレバノンとの国境に近い戦略的要衝クサイルを完全に掌握したと報道.
 7月29日,シリア国営テレビが,ホムスの反政府勢力拠点ハーリディーヤ地区をシリア政府軍が制圧したと報道.
 8月28日,イギリスが化学兵器の使用を根拠としたシリアへの武力行使を容認する決議案を国連安全保障理事会に提出.中国・ロシアの反対により否決.
 オバマ大統領はテレビ局のインタビューに応じた中で,アサド政権が化学兵器を使用した事を結論付けたと発言し,軍事介入を示唆.
 8月29日,英国下院,同国によるシリアへの軍事介入を容認する動議を否決.
 9月4日,アメリカ上院外交委員会,シリアへの軍事攻撃を条件付きで承認.地上軍投入は禁止し,軍事行動の期間を最大90日間に限定するなどの内容.
 9月9日,ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は緊急記者会見で,シリアの化学兵器を国際管理下に置き,シリアが化学兵器禁止条約に参加することを要請.
 9月14日,シリアの化学兵器廃棄に向けて,アメリカとロシアは同意.
 10月14日,シリア,化学兵器禁止条約加盟国.
 10月31日,化学兵器禁止機関は,シリア国内の化学兵器生産施設の破壊が完了したと発表.
 反政府勢力は「これほど迅速に全ての設備が破壊できるものだろうか」と発表を疑問視.

 2014年5月9日,停戦交渉に基づき,反政府勢力がホムス旧市街からの撤退を完了.
 6月3日,大統領選挙実施.投票率73%,得票率88.7%で現職バッシャール・アル=アサドが当選.反体制派の多くは大統領選挙をボイコットし,正当性は皆無と主張.
 6月30日,イラクとシリアのイスラム国は,カリフを指導者とするイスラム国家を樹立すると宣言,名をイスラーム国に改める.
 8月24日,イスラーム国はシリア北東部のラッカ県にあるシリア政府軍の空軍基地を制圧,ラッカ県のほぼ全てを手中に.
 8月25日,オバマ大統領は,アメリカ軍によるシリア上空での偵察飛行を承認.
 8月28日,イスラーム国は先日,シリア空軍基地を制圧した時に捕らえていたシリア国軍兵士500人のうち,160名を処刑したと発表,処刑映像を公開.


 【質問】
 ホウラの虐殺について3行以上で教えてください.
Kérem, mondja el a Húlai mészárlás a három vagy több sorban.

 【回答】
 2012.5.25,シリアのホムス県ホウラ Houla にて起きた虐殺事件.
 生存者らの証言によれば,まず,Taldaou村にて,金曜礼拝後デモに出た民衆を,政府軍及び民兵「シャビーハ」が銃撃で解散させた.
 そのとき数名が死亡.
 これに対して反政府武装勢力「自由シリア軍」が,ホウラ地区のスンニー派の村の周りの,政府軍の検問所を攻撃.
 車輌を数両撃破した.
 これに対して政府軍および民兵が,村々を襲い,住民を銃殺,または刃物で殺害.
 これにより,78~108人が死亡,200~300人が負傷したと見られる.
 その大部分は婦女子であったという.

 アサド政府は政府軍の関与を否定し,アル=カーイダ系組織の犯行だと主張したが,国連シリア監視団は,迫撃砲などの重火器による砲撃,至近距離による銃撃やひどい身体的虐待があったと報告,虐殺は政府軍が行った可能性が高いとの見方を明らかにしている.
 また,ドイツ紙「フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング」の中東特派員ライナー・ヘルマンは,匿名ソースを基に,「虐殺は反政府勢力が行った」旨報じたが,その後の「シュピーゲル」などによる検証報道では,その可能性には否定的である.

 事件を受け,アメリカ合衆国・イギリスなど11か国がシリアから外交官を退去させているが,そんなことくらいでアサド政府の残虐行為が止まることはなく…

 【参考ページ】
https://hu.wikipedia.org/wiki/Húlai_mészárlás
https://en.wikipedia.org/wiki/Houla_massacre
http://blog.livedoor.jp/abu_mustafa/archives/4205178.html
http://blog.livedoor.jp/abu_mustafa/archives/4205957.html
http://blog.livedoor.jp/abu_mustafa/archives/4205178.html
http://news.nationalpost.com/2012/05/30/syria-violence-families-herded-like-sheep-to-die-in-houla-massacre/
http://turtlebay.foreignpolicy.com/posts/2012/09/10/human_rights_syria_pillay
http://www.spiegel.de/international/world/gaining-a-clearer-view-of-the-increasing-barbarity-in-syrian-civil-war-a-874027-2.html
http://www.nowlebanon.com/NewsArticleDetails.aspx?ID=402130

虐殺された子供達の遺体
(残酷な映像を含みます.閲覧にはご注意ください)

【ぐんじさんぎょう】,2016/09/01 20:00
を加筆改修


 【質問】
 ジャデーデ・アルトゥーズ・アル=ファダルの虐殺について,3行以上で教えてください.
Kérem, mondja el a Jdaydet Artouz Al-Fadli mészárlás a három vagy több sorban.

 【回答】
 2013年4月21日,ダマスカス郊外,ジャデーデ・アルトゥーズ・アル=ファダル Jdaydet Artouz Al-Fadl 地区において発生した,80~450人が殺害されたらしき虐殺事件.

 同地区では,政府軍と自由シリア軍との間で約1週間,戦闘が続いていたが,政府軍が地区に突入してきたため,自由シリア軍は撤退.
 虐殺はその直後に発生した.
 海外メディアは少なくとも80人~85人,
SOHR(シリア人権監視団)は250人以上,
LCC(反アサドを掲げる活動家の委員会)は450人が殺害されたと伝えた.
 死者の中には女性や子供,モスクのイマームが含まれており,犠牲者の一部はナイフで首を搔き切られていた.
 また,死者のうち28人は,臨時の診療所で死亡していたという.
 加えて,放火や店舗略奪も発生した模様.

 一方,国営放送SANAは政府軍による虐殺を否定し,死者数の明示は避けて,テロリストを駆逐したと報じている.

 この地区近郊には,アサド政権にとって重要な施設,メッゼ航空基地があり,バアス党親衛隊が空港を警護している.
 そして,周辺地区から反体制派による攻撃がたびたび続いていたことから,この虐殺は
「自由シリア軍への報復と見せしめのために行われた」
と桜木武史は述べている.

 【参考ページ】
桜木武史『シリア 戦場からの声』(アルファベータブックス,2016), p.135-136
http://t-sakuragi.com/?p=592
https://yallasouriya.wordpress.com/tag/jdeidet-artouz/
http://www.reuters.com/article/us-syria-crisis-deaths-idUSBRE93K09D20130422

※閲覧注意 死体画像有り

【ぐんじさんぎょう】,2016/10/08 20:00
を加筆改修


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