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 【質問】
 「先住民族」の定義は,的場光昭の言うように,明示されていないものなのか?

 【回答】
「先住民族」の定義をでっち上げる手口について

 アイヌ否定論者がしばしば問題にするのは,「先住民族」の定義が宣言文や決議文に明示されていないことだ.
 だが,国連の中では先住民族に関する議論は積み上げられてきていた.
 そのひとつが,1982年のコーボ報告書だ.
 コーボ報告書は,国連の先住民族政策でどのような位置を持っているのかといえば,以下の通りだ.

――――――
 [先住民族の権利に関する]宣言は採択までに起草から22年以上経過した.
 1982年に経済社会理事会 (ECOSOC) はホセ・マルチネス・コーボ特別報告者の先住民への差別問題に関する調査報告書を受け,国際連合先住民作業部会 (WGIP) を立ち上げた.
 先住民保護のための人権基準を開発することを任務とし,1985年に,作業部会は先住民族の権利宣言の草案策定に取り組み始めた.
 草案は1993年に仕上がり,少数者の差別防止および保護に関する国連人権小委員会に提出され,翌年に承認された.

先住民族の権利に関する国際連合宣言 - Wikipedia
――――――

 当然,国連宣言はコーボ報告書の定義に基づいていることになる.
 では,ここで報告書を見てみよう.

――――――
279.先住のコミュニティ,(先住の)民族及び国民とは,自己の生活領域において発達した,侵略前及び植民地化前の社会と歴史的連続性を有し,自己の領域又はその一部において,現在優勢であるところの社会のなかの他の部分と,自己を異なるものと見なす者である.
 先住住民は,現在,社会の非支配的部分を構成し,並びに民族としての存在が連続していることを基礎として,その先祖伝来の領域及び民族のアイデンティティを,自己自身の文化様式,社会制度及び法制度に従って,維持し,発展させ及び将来の世代に伝えることを決意している.

http://www.chikyukotobamura.org/passed_special/special20080626s.html
――――――

 ここで言われる「歴史的連続性」とは,以下のように定義される.

――――――
280.この歴史的連続性とは,次にかかげる要素のうちの1以上が,現在にいたるまでの長期にわたる期間において連続していることにより構成することができる.

(a) 先祖伝来の土地の占拠又は少なくともその一部の占拠

(b) (a)にいう土地の始源的な占拠者との共有

(c) 一般的な意味での又は特殊な表現による文化(例えば宗教,部族制度の下での生活,先住民コミュニティの構成員であること,衣服,生活様式など)

(d) 言語(唯一の言語として,母語として,家庭若しくは家族における習慣的コミュニケーション手段として,又は一般的な若しくは標準的な言語として使用されているかは問わない.)

(e) 国の一定の部分または世界の一定の地域における居住

(f) その他の関連ある要素

http://www.chikyukotobamura.org/passed_special/special20080626s.html
――――――

 どう見ても,アイヌはここで云う「先住民族」に該当する.
 彼らは北海道という伝来の地で暮らし,伝統儀式を継承し,アイヌ協会というコミュニティを構成している.

 また,国内でも,行政ではなく司法によるものだが,アイヌを国連のいう先住民族に該当するとした,公的な判断がある.
 有名な二風谷ダム裁判の判決文だ.

――――――
 (……)アイヌ民族は,我が国の統治が及ぶ前から主として北海道に居住し,独自の文化を形成しており,これが我が国の統治に取り込まれた後も,その多数構成員の採った政策等により,経済的,社会的に大きな打撃を受けつつも,なお民族としての独自性を保っているということができるから,先住民族に該当するというべきである.

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Suzuran/5596/
――――――

 他にも,たとえばジュリアン・バージャーの定義などがあるらしいけれど,ここでは触れない.
 以上のように,たとえ宣言文や決議に明記されておらずとも,その範囲を(政治的に)確定する試みはなされてきたのだ※2.

 さて,では的場がどのように「先住民族」を定義しているかを見てみよう.
 まず彼はみずからの定義の方法論を次のように述べる.

――――――
 (……)国連宣言文があげる,先住民族の権利の内容のいくつかから推し量ると,概ね次のような条件を満たしたものが国連宣言にいうところの“先住民族”ということになります.※3
――――――

 どうやら,国連宣言には先住民族が虐殺に晒されない権利などを定めているのだから,そういった酷いことを受けてきた集団のみが先住民族だ,と言いたいらしい.

 日本国憲法には拷問の禁止(36条)や差別されない権利(14条)などが書かれているが,拷問されたり差別されたりしなければ日本国民ではないことになってしまうのだろうか.
 ある集団に,どのような権利が保障されているかということと,その集団がどのように(政治的に)定義されるものであるかというのは本来別の問題だ.

 そして的場は上述の方法論に基づいて,以下のような珍妙な「定義」をでっち上げる.

――――――
 (1)他民族の侵略により植民地化された地域に元々住んでいて人権や基本的自由を剥奪されてきた人々.

 (2)独自の政治的・経済的および社会的構造を有し,哲学的精神的伝統や歴史を有する人々.

 (3)尊重されるべき独自の伝統的習慣や知識文化を有する人々.

 (4)侵略者によって集団的虐殺や子供の親からの引き離しを受けた人々.

 (5)侵略者によって民族根絶政策を受けた人々.

 (6)侵略者によって文化的集団虐殺をされた人々.

 (7)独自の言語を使用する人々.

 (8)侵略者の建てた国家に差別されてきた人々.

 (9)大航海時代以後白人によって土地を奪われ,迫害を蒙った人々.※4
―――――――

 どこからどう突っ込めばいいのだろう.
 確かアオテアロア(ニュージーランド)の先住民族マオリは,虐殺なんてされてなかったように思うんだけど,先住民族議席を持ってるマオリは,先住民族じゃないことになってしまうのだろうか.
 あと,ハワイでも確か虐殺なんてされてなかったよなぁ.
 ハワイ人は先住民族じゃないのですね,わかります.
 ていうかこの定義だったら,イエローな中国人に侵略されたチベット人は,先住民族じゃなくなるじゃん……

 的場は,以上のデタラメな定義に基づいて「検討」していくけど,とんでもなく狂ってる定義を元にして,まともな論理がこね上げられるはずもない.
 彼は次のように言う.

――――――
(2) 残念なことにアイヌは,文字を持たなかったために,独自の政治的経済的社会構造を持ちませんでした.
 それは彼らが農耕民族ではなく,狩猟採集民族であり,大きな組織や統制のとれた集団行動を必要としなかったことも大きく影響しています.※5
――――――

 そんなこと言ったら,ネイティヴ・アメリカンの多くもイヌイットもインディオもアマゾンやブラック・アフリカの原住民もアボリジニも,先住民族じゃなくなるじゃん.
 インカやアステカの末裔とかぐらいしか,先住民族じゃなくなるぞ.

 同様の過ちは小林よしのりも犯していた.
 以下参照.
アイヌだけでなくアボリジニにも無知な小林よしのり - Danas je lep dan.

――――――
(4) スペインやポルトガルによる中南米のインディオの大虐殺は特に有名です.
 北米でも1千万人いたインディアンは,9割を殺されました.
 (……)
 このようなことは,我が国のアイヌにはありませんでした.※6
――――――

 まずもって,北米などの地域での急激な人口減少の要因は,虐殺だけではない.
 虐殺行為がなかったとは言わないが,直接的な虐殺で減少した人口は,全体から見れば微々たる数字だ(そもそも,どうして原爆のような大量破壊兵器を有していなかった当時のヨーロッパ人が900万人ものネイティヴ・アメリカンを殺せようか?)※7.
 では何故ネイティヴ・アメリカンやインディオは減少したのか?
 それは,「開拓者」が持ち込んだ未知の伝染病や,接触によって引き起こされた社会構造の変化(つまりは,資本主義体制への従属的な包摂)による,伝統社会の崩壊などが原因となっているのだ.
 「銃」だけではなく,「病原菌」もまた大きな役割を果たしていた.
 こんなことは,多少なりとも世界の先住民族問題に関心があれば,常識に属す.
 先住民族の人口減少のすべてが,直接的な虐殺によるものだなんてのは,
「地球に小惑星が落下して,恐竜はそれにぶつかって絶滅しました」
と言っているようなものだ.
 重要なのは,衝突の直接的な被害ではなくて,それがもたらした気候変動などの,より大きなスケールでの変化である.

 そして歴史学者は,上のような,ネイティヴ・アメリカンを従属的な地位に転落させたメカニズムが,蝦夷地でも作用したことを明らかにしている.
 たとえば,和人は「蝦夷地に全く新しい伝染病をもたらし,そのことはアイヌたちの自治を弱体化させ,ついには彼らの土地が日本に併合されることに抵抗する能力を失わせた」※8.

――――――
 さらに伝統的習慣の最たるものとしての葬儀では,ほとんどの自称アイヌ系の人々も仏式であり,家に仏壇を置いて祖先を供養しています.(……)※9
――――――

 インディオやその他の先住民族には,キリスト教に改宗したひとが沢山いますね.
 それが?
 だいたい,そもそも論で言えば仏教は,日本にとって外来宗教だろうが.
 火葬なんてのは古代日本にはなかった.
 日本人なら土葬しろ,土葬※10.

 ……取り敢えず,他にもツッコミ所は多々あるのだが,「先住民族」をめぐる嘘については,この辺りで筆を置くことにする.
 最後に,的場の言葉を紹介して終わろう.
 彼は国連宣言を受け入れた日本政府の姿勢を,「新たな野蛮国宣言をしただけ」※11と批判する.
 だが,ある集団に保障された権利の内容を,そのままある集団の定義に用いて,国際的な宣言を拒否する国があるとすれば,そういった国こそ法律学以前に,小中学校レヴェルの論理がわからない野蛮国なのではなかろうか.
 わざわざ祖国をそんな国に見せようとするとは,的場は余程の「反日」に違いない(皮肉).

※1:ピエール・ヴィダル=ナケ(石田靖夫訳)『記憶の暗殺者たち』人文書院,1995,pp.9-10.

※2:この辺は,人権擁護法案をめぐる議論の中でも出てきた論点だろう.
 「人権」の定義や欠格条項が存在しないことを,一部の反対派はあげつらったが,それらは他の法律との関わりで理解されるべきものだった.
 無論国内法と国際機関における蓄積とを同列に語ることはできないが,今回否定論者が繰り返している間違いも,同様のものといえよう.

※3:的場光昭『「アイヌ先住民族」その真実――疑問だらけの国会決議と歴史の捏造』展転社,2009,p.19.

※4:同,pp.19-20.信じられないだろ,丸囲み数字を()囲み数字に改めた以外は原文ママなんだぜ,これ……

※5:同,p.21.

※6:同,p.22.

※7:当たり前だが,これは「原爆のような大量破壊兵器がなければ,30万人も殺せないはずだ」と主張する南京事件否定論者のパロディであって,僕の本心ではない.
 なお,的場は南京事件否定論者であることを述べている.同,p.94.

※8:ブレット・ウォーカー(秋月俊幸訳)『蝦夷地の征服1590-1800――日本の領土拡張にみる生態学と文化』北海道大学出版会,2007,p.254.

※9:的場前掲書,p.22.

※10:真面目な話,僕は死んだら火葬ではなく土葬にして欲しい.
 灰になるまで焼かれるぐらいなら,土に還りたい.
 俺の田舎では,数十年前まで埋めてたらしいから(今も田舎の墓地には不自然なスペースが幾つもあって,ああ土葬の跡だ,というのがわかる),できないことはないと思うんだが……
 許可下りないだろうなぁ(嘆息).
 実際,傍系の皇族方にしたところで,土葬じゃなくて火葬されちゃってるわけで,一般庶民の俺が灰になることを拒むことはできないのかもしれない.

※11:的場前掲書,p.94.

「ストパン」■(2010-03-10)[アイヌ否定論]的場光昭『「アイヌ先住民族」その真実』のデタラメ(1)
青文字:加筆改修部分



 【珍説】
――――――
 id:mukkeという人物が,その的場光昭先生の著書を手ひどく中傷する作文を発表している.
 いつも遠回しにつぶやくばかりだったが,今回ばかりはさすがに痛みに耐えかねるというといささか大げさだが,堪忍袋の緒が切れた.
 何しろ開拓者を「病原菌」呼ばわりしてくれたわけだから,ここで黙っているわけにもいかない.※1

痛みに耐えかねて - さぼてん日記
――――――

 【事実】
 誰も開拓者を「病原菌」なんて言ってません.
 近世から近代にかけて和人が持ち込んだ「病原菌」が,アイヌを減少させた,という話をしています.
 日本語が読めないのですか?

「ストパン」■(2010-03-11)[アイヌ否定論][デムパ]日本語でおk
青文字:加筆改修部分

 ちなみに,知里真志保の一高時代の日記より.
――――――
 我々ハ物心ガツイテ以来,『アイヌナルガ為メ』随分ト運命ノ迫害ヲ経験シテ来タ.
 社会カラボイコットサレテ来タ.
 コノ迫害侮蔑ハ社会的デアルト同時ニ歴史的デアル.
 カクシテ我々ハ悲シイ『諦メ』ヲモタナケレバナラナイ.
 アイヌハ『バチルス』デアル.
――――――

「ストパン」■同上コメント欄より
※Wallerstein,2010/03/12 18:15のレスより孫引用
青文字:加筆改修部分

Mukke 2010/03/13 08:22

Wallersteinさん>
 ありがとうございます.
 そこら辺の知里の葛藤をまったく考えずに,知里の都合の良い発言ばかりを抜き出すことが,いかにアイヌを傷つける行為か,というのを,知里を利用した否定論者にはしっかりと考えて欲しいものだと思います.

「ストパン」■同上コメント欄より
青文字:加筆改修部分


 【反論】
――――――
 一般に民族の定義は,「同一の人種的並びに地域的起源を有し,または有すると信じ,歴史的運命および文化的伝統,特に言語を共通にする基礎的社会集団」(『広辞苑』)とされています.
 この定義に従って,現在のアイヌ人といわゆる和人が別々の民族であるのか,また日本は多民族国家なのかを考察してみましょう.

――――――的場光昭『「アイヌ先住民族」その真実――疑問だらけの国会決議と歴史の捏造』展転社,2009,p.28

 【再反論】
 的場がみずから言うように,人類学や考古学や言語学に基づいた「様々な客観的事実」に基づいて「民族」を論ずるのであれば※2,一般に通用している語の意味を掲載した国語辞典ではなく,人類学や社会学の文献にあたって,「民族」の意味を確かめるべきであろう.
 ちなみに,岩波書店が出している「岩波講座文化人類学」シリーズには,
「民族とは何かという問いに,あいまいさをまじえずに答えることは不可能である」※3
と書かれている.
 こうやって,恣意的な「定義」が作られていく.
 国語辞典は,今の日本語話者が,どのような意味を込めて「民族」という語を使っているのかを教えてはくれるが,学術的に「民族」とはどのような存在なのかを教えてはくれない.
 前者と後者を混同させることで,的場は読者を混乱させる.
 実に詭弁的な手法である.

※2:同,p.170

※3:内堀基光「民族の意味論」 from 『民族の生成と論理』(岩波講座文化人類学5)岩波書店,1997,p.16

「ストパン」■(2010-03-11)[アイヌ否定論]的場光昭『「アイヌ先住民族」その真実』のデタラメ(2)
青文字:加筆改修部分


 【反論】
―――――――
 昨年私が直接北海道ウタリ協会(現北海道アイヌ協会)に問い合わせましたところ,
「アイヌの血を引くと確認された者,およびその家族・配偶者・子孫がアイヌである.
 また,養子縁組などでアイヌの家族になった者も含まれるが,これは本人一代限りにおいてアイヌと認め,同協会への入会が認められる」
という実にあいまいなものでした.
―――――――
―――――――
 先に引用した広辞苑の定義とは似ても似つかぬ珍妙な定義です.
 それどころか最近の遺伝子研究に従えば,日本人の多くは同協会のいうアイヌ民族になってしまいます.
(……)

―――――――的場光昭『「アイヌ先住民族」その真実――疑問だらけの国会決議と歴史の捏造』展転社,2009,p.78

 【再反論】
 北海道ウタリ協会の回答は,北海道が実施した「ウタリ生活実態調査」におけるアイヌの定義,すなわち
「地域社会でアイヌの血を受け継いでいると思われる人,また,婚姻・養子縁組等によりそれらの方と同一の生計を営んでいる人」※23
とほぼ同じである.
 特段問題のないように思える定義なのだが,的場はそれを批判する.

 的場センセイ,あなたはどれだけ日本語力に欠如しておいでなのですか.
 あなたが主張していたのは,
「アイヌも和人もウチナンチュも同じ起源だ!」
ということであって,
「和人とウチナンチュの起源はアイヌだ!」
ということではないでしょ?
 縄文人が和人やアイヌに分化したのであって,和人がアイヌから分岐したわけではない※25

 それとも的場センセイは
「和人の起源はアイヌだ!」
と主張したいのだろうか.
 だとしたら,江上波夫が提出した以上に,奇っ怪極まる起源論だと思うので,是非一度お医者にかかってみてはいかがだろうか.
 あ,失礼,ご自身がお医者であられましたね.

※23:私たちについて/アイヌの生活実態 - 社団法人北海道アイヌ協会

※25:このエントリでは無批判に「縄文人」という語を用いているが,無論それが直接大和民族やアイヌに繋がるわけではない.
 大和民族もアイヌ民族も,それぞれ違った経路で,大陸からの影響を受けて歩んできたのだから.
cf. アイヌとは何か - 我が九条−麗しの国日本

「ストパン」■(2010-03-11)[アイヌ否定論]的場光昭『「アイヌ先住民族」その真実』のデタラメ(2)
青文字:加筆改修部分


 【反論】
――――――
 強いて言えば,私は,アイヌを「民族」としては考えていない.
 理由はさまざまだが,何より,現代アイヌ自身による定義の確立がなされていないのに,利権のため,明確な論議もなく,「民族」という言葉を都合の良いようにしか利用していない点に,強い憤りを感じている.
 アイヌの代表のような顔をしているアイヌ協会ですら,「アイヌとは何か」という問いに,はっきり意見を言えないのである.

――――――※2

 【再反論】
 それをいったら,いわゆる「大和民族」にも定義はありません.
 ある人類学者は,アイヌにのみそういった「民族の定義」が要求される構造を,次のように批判しています.

――――――
 また,アイヌの人々にたいして「民族とは何か」という疑問への回答を迫り,その回答が提示されない限り,アイヌ新法の成立へも動き出さないのが,政府の見解であった.
 逆に,「日本民族とは何か」と問われたとき,答えに窮する人が圧倒的に多いはずだ.
 自己の「民族」的な定義すらも論争の対象にしかすぎない和人が,アイヌにだけ不協和音のない定義を求めるのは,きわめて不条理である.(……)

――――――※3

 そもそも学術的には,既に「『民族』にまつわる自明性」は「実証の場でつき崩」され,「ある『民族』的な集団の客観的な指標とみなされてきたもののすべてをかね備えた集団のみを『民族』とすることはとうていできないだけでなく,こうした指標のうち特定のものに優先権を認めることすら困難になってい」ます※4.
 「民族」に明確な定義を与えることができる,というのは非学問的な態度です.
 かつて,カウツキー,バウアー,スターリンといったマルクス主義の理論家たちが学問的な定義付けを試みたことがありますが※5,現在ではそれらの説は否定されています.

 ちなみに,的場光昭によれば,

――――――
 昨年私が直接北海道ウタリ協会(現北海道アイヌ協会)に問い合わせましたところ,
「アイヌの血を引くと確認された者,およびその家族・配偶者・子孫がアイヌである.
 また,養子縁組などでアイヌの家族になった者も含まれるが,これは本人一