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◆東南アジア 目次(並びはほぼアルファベット順)
<東アジアFAQ目次


(画像掲示板より引用)


Index

◆◆General Works 総記

◆◆Cambodia カンボジア

◆◆◆カンボジア大虐殺

◆◆Indonesia インドネシア

◆◆J-

◆◆Laos ラオス

◆◆Myanma ミャンマー

◆◆◆総記

◆◆◆国力

◆◆◆戦史

     ◆◆◆◆僧侶デモ2007

     ◆◆◆◆2008年サイクロン被害

◆◆Philippines フィリピン

◆◆Radica Muslim's Terrorism in Southern East Asia 東南アジアでのイスラーム過激原理主義テロ

◆◆Thailand タイ

◆◆◆総記

◆◆◆戦史

◆◆◆タイ王室

◆◆◆タイ軍

◆◆◆テロリズム

◆◆Timor ティモール

◆◆VietNam ヴェトナム


◆◆General Works 総記

 【link】

 【質問】 ASEANの軍事情勢についての本を教えてください.

 【質問】 タイ・ラオス・カンボジアの,第2次大戦以降の政治・軍事史に関する本で,いいやつない?

 【質問】 東南アジア諸国って,軍部と政治家の癒着すごいんじゃない?

 【質問】 中国辺境地域の諸王朝について教えられたし.

 【質問】 1950年代の東南アジア各国のモータリゼーション状況は?

 【質問】 「アジア各国が空母保有競争中」,という記事についての見識はいかがでしょうか?

 【質問】 海上保安庁って,マラッカ海峡に行って役に立ってるんでしょうか?

◆◆Cambodia カンボジア

 【link】

 【質問】 クメール人とは?

 【質問】 プレアヴィヒア寺院領有権問題とは?

 【質問】 プレアヴィヒア寺院領有権問題が2008年に再燃したのは何故か?

 【質問】 カンボジア側から見た,この銃撃戦についての見解を教えてください.

 【質問】 カンボジアにおけるUNTACの成果は?

 【質問】 UNTACの問題点は?

 【質問】 カンボジアに派遣された高田晴行警部補は,なぜ殺害されたのか?
 【Kérdés】 Miért ölte a másod rendõrség felügyelõ TAKADA Harujuki-t, akit Kambodzsába vetett?

 【質問】 高田晴行殺害後,なぜ国連は日本を批判したのか?
 【Kérdés】 Miért ENSZ bírált Japánval TAKADA Harujukinak halálja után?

 【質問】 なぜポル・ポト派を国連は野放しにしたのか?
 【Kérdés】 Miért Pol-Potnak szabadlábjára ENSZ helyezett?

 【質問】 カンボジア復興に対する,日本の支援についての評価は?

 【質問】 カンボジアの徴兵制復活は,どういう理由からですか?
 【Kérdés】 Miért Kambodzsában sorozás feléledt?

 【質問】 現在のカンボジア軍兵士の生活状況は?
 【Kérdés】 Hogy van Kambodzsa katonáknak életállapotjuk?

 【質問】 「カンボジア軍兵士は,お守りが自分の命を救ってくれる,と100%信じている」という報道は本当なんですか?

 【質問】 シアヌーク国王って誰?

 【質問】 シハモニ新国王とはどんな人物か?

◆◆◆カンボジア大虐殺

 【質問】 カンボジアのロン・ノル政権前後の流れを教えてください.

 【質問】 ポルポト派は最終的にカンボジアの全国民を抹殺しようと計画していたそうですが,なぜですか?

 【質問】 なぜカンボジア大虐殺は初期の段階で騒がれなかったの?

 【珍説】  「本多勝一はクメール・ルージュの大虐殺をスクープしたためにバッシングを受けた」???

◆◆Indonesia インドネシア

 【質問】 インドネシアの核事情は?

 【質問】 インドネシアの「9月30日事件」とは?

 【質問】 スハルトとは?

 【質問】 2006年9月25日の,インドネシア・キリスト教徒暴動はなぜ起こったのか?

 【質問】 ポンティアナ反華僑暴動とは?

 【質問】 セプ油田 Cepu block とは?

 【質問】 インドネシア石炭の戦略的重要性は?

 【質問】 日米の対インドネシア戦略の違いは?

◆◆J-

 【質問】 マレーシアにおけるマレー人と中国人の対立の原因は?

 【質問】 マレーシア初の潜水艦「KDトゥンク・アブドル・ラーマン」について教えられたし.

◆◆Laos ラオス

 【質問】 ラオスの公用語は?

 【質問】 ラーオ語の正書法について教えられたし.

 【質問】 ラオ人の王国の消長について教えられたし.

 【質問】 ラオスがフランス領になるまでの経緯を教えられたし.

 【質問】 フランス領時代のラオスは,どのように統治されていたのか?

 【質問】 フランス領時代のラオスにおける反仏抵抗運動には,どんなものがあったのか?

 【質問】 「ラオス刷新運動」とは?

 【質問】 ラオスにおける創姓の経緯は?

 【質問】 ラオス内戦について教えられたし.

 【質問】 ラオスに対する中国の,兵器等の援助について教えられたし.

◆◆Myanma ミャンマー

◆◆◆総記

 【link】

 【質問】 ビルマはなんで改名したんですか?

 【質問】 ミャンマーが次の「ならず者国家」になる可能性があるのでは,と言われている理由は?

 【質問】 ミャンマーの核兵器開発疑惑について教えられたし.

 【質問】 ミャンマー軍事政権は今も鎖国しているのか?

 【質問】 ミャンマー軍事政権が,軍政を続ける動機は?

 【質問】 ミャンマー軍事政権の指導者は,どんな人たちなのか?

 【質問】 ミャンマーの首都移転先がタン・シュエの出身地って本当?

 【質問】 アウンサン・スーチーとは?

 【質問】 何故ミャンマーの軍事政権はスーチー氏を自宅軟禁にしているのですか?

 【質問】 警察や裁判所でなく,なんで軍がスーチーさんを軟禁しているのでしょうか?

 【珍説】 「スーチーは白人毛唐と結婚した売国奴」???

 【質問】 ミャンマーの軍政をかばってる保守系論客がいますが,どういう縁があってのことなんでしょうか?

 【質問】 ミャンマー軍事政権と,麻薬密売組織との繋がりは?

 【質問】 ミャンマー軍事政権によるメディア規制の状況は?

 【質問】 ミャンマー軍事政権による,インターネット規制の状況は?

 【質問】 ミャンマー難民に対し,どのような人権侵害が起きているのか?

 【質問】 ミャンマー軍事政権は,カレン族に対してどのような作戦を行っているのか?

 【質問】 サルウイーン河ダム開発問題とは?

 【質問】 ワ族特別自治区およびモングラ族特別自治区における,ダム建設問題とは?

 【質問】 ミャンマーの2010年予定のやらせ「民主化」選挙について,中国はどう考えているのか?

◆◆◆国力

 【質問】 ミャンマーが貧しいのは,アメリカの制裁のせい?

 【質問】 ミャンマーの最大援助国は?

 【質問】 ミャンマーに関し,どのような利害関係が他国にあるのか?

 【質問】 ミャンマー沖合の天然ガスについて教えられたし.

 【質問】 ミャンマーのパイプライン計画とはどんなものか?

 【質問】 ミャンマー−中国間の原油ガス・パイプラインの問題点は?

◆◆◆歴史

 【質問】 英国統治時代のミャンマーでは,仏教はどのように扱われていたのか?

 【質問】 サヤサンの叛乱とは?

 【質問】 ビルマは何故独立できたのか?

 【珍説】 「ビルマは日本が独立させた」???

 【質問】 日本軍がミャンマー独立のために戦ったから,ミャンマーは親日国なのか?

 【質問】 ビルマの軍政の経緯は?

◆◆◆◆僧侶デモ2007

 【質問】 なぜ2007年の仏僧デモは起こったのか?

 【質問】 ミャンマー仏教界と軍事政権との関係は?

 【質問】 2007年8月からの抗議行動の指導者は誰か?

 【質問】 今回の抗議行動は,1988年の民主化運動に比べて違いはあるか?

 【質問】 僧侶デモを鎮圧してる軍兵士は仏教徒じゃないの?

 【質問】 僧侶デモの死者,逮捕者は?

 【質問】 日本人ジャーナリストが撃たれたけど,人間は心臓を撃ち抜かれたら何秒生きていられるの?

 【質問】 長井健司はどのような人物か?

 【質問】 マンダレー中国総領事館銃撃事件とは?

 【質問】 ミャンマー大使館に女性用下着を送りつける行為が,なぜ抗議手段になるのか?

 【質問】 ミャンマー僧侶デモに対する日本仏教界の見解は?

 【質問】 ミャンマーがヤンゴンからネピドーに遷都した理由は,軍事的利点があったからなんでしょうか?

◆◆◆◆サイクロン被害2008以降

 【質問】 なぜミャンマー軍事政権は,国際社会からの援助要員を受け入れたがらないのか?

 【質問】 2008年5月のミャンマー・ハリケーン被害に対する人道的軍事介入論とは,どのようなものか?

 【質問】 2008年のミャンマー・サイクロン被害に対し,とり得る軍事介入のオプションは?

 【質問】 ミャンマー・ハリケーン被害への人道的介入に反対している国は?

 【質問】 ミャンマー国連追放論とは?

 【質問】 ミャンマー軍事政権当局による,被災者援助は行われているのか?

 【質問】 「カエル食え」発言とは?

 【質問】 マン・シャー暗殺事件とは?

 【質問】 タイ王国ターク県ポップラ郡の隣接地域における戦闘について教えられたし.

 【質問】 Tarpeinダム包囲事件とは?

◆◆Philippines フィリピン

 【link】

 【質問】 フィリピンの核事情は?

 【質問】 フィリピンの石炭資源について教えられたし.

 【質問】 フィリピンのガロック油田について教えられたし.

 【質問】 フィリピンの天然ガス資源について教えられたし.

 【質問】 フィリピン軍の装備は?

 【質問】 「ボルテスVの歌」がフィリピンでは軍歌になってるって本当ですか?

 【質問】 なぜアメリカはフィリピンを独立させる気になったのか?

 【質問】 米軍がフィリピンから撤退できた理由はなぜでしょうか?

 【質問】 スプラトリー諸島防衛に関する,フィリピン軍の現状を教えてください.

 【質問】 フィリピンがミスチーフ環礁を支那に奪われたのは,反米して米軍を追い出したせい?

 【質問】 2006年の米比安保条約の内容は?

 【質問】 ダバオのDDSとは?

◆◆Thailand タイ

◆◆◆総記

 【link】

 【質問】 タイの民族について教えてください.

 【質問】 タイの華人は,タイ国民ってだけじゃなくて,タイ人意識があるって本当ですか?

 【質問】 タイのエネルギー資源戦略は?

 【質問】 タイの核事情は?

 【質問】 タイは植民地になったことがないのに,経済が従属的な地位にあるのは何故なんでしょうか?

◆◆◆戦史

 【link】

 【質問】 ナレースワン大王とは?

 【質問】 山田長政とは?

 【質問】 タイ海軍のフリゲート艦「タークシン」Taksin の名前の由来について教えてください.

 【質問】 映画「王様と私」とは?

 【質問】 タイがイギリスとフランスの緩衝国にされたことについて詳しく教えてください.

 【質問】 タイが列強の緩衝地帯として機能した理由を教えてください.

 【質問】 タイの鉄道整備の始まりは?

 【質問】 ホー討伐の顛末について教えられたし.

 【質問】 タイってチュラロンコンの時代に大幅な領土割譲やってるよね?

 【質問】 ラーマ8世は暗殺されたって本当?

          ◆◆◆◆反タクシン・クーデター以降

 【質問】 タイでクーデターが起きたそうですが,どうしたらいいのでしょうか?

 【質問】 タイには何で何度もクーデターが起きるの?

 【質問】 なんで反タクシン・クーデターが起こったの?

 【質問】 プミポン国王は今回,軍部側につくの?

 【質問】 プレーム・ティンスーラーノン大将(当時)は,どんな人物なのか?

 【質問】 こういう形で軍部が動くのは,「余計な外圧の一手」ではないだろうか?

 【質問】 そんなにタクシンに人気がないのなら,野党は普通に総選挙やれば勝てたんじゃないの?

 【質問】 タクシンって華僑?

 【質問】 タクシン首相暗殺計画とはどんなものだったのか?

 【質問】 結局タイでは赤服と反赤服のどっちが勝つの?

 【質問】 2010/04/10に発生した,バンコクのデモ隊と治安部隊の衝突について教えてください.

 【質問】 2010年4月の,タイ軍とタクシン派との衝突激化の原因を教えてください.

◆◆◆タイ王室

 【質問】 政治危機にいちいち国王陛下が出てこなくちゃならんてのは,相当まずくないか?

 【質問】 タイ国王の行動には一定の基準みたいなものはあるの?

 【質問】 タイ王室は華僑?

 【質問】 タイ国王ラーマ9世のフルネームを教えてください.

◆◆◆タイ軍

 【質問】 タイで近代的な軍隊が作られたのはいつ頃ですか?

 【質問】 タイ軍の統帥権は国王にあるの?

 【質問】 タイ陸軍の兵力は?

 【質問】 タイのクーデターのニュースに写っていた戦車はなんですか?

 【質問】 タイ軍の保有する69式戦車って,どうやって入手したの?

 【質問】 タイ陸軍の特殊部隊について教えてください.

 【質問】 タイの軽空母チャクリ・ナルエベッは,どのような経緯で建造されたのでしょう?

 【質問】 タイ軽空母「チャクリ・ナルエベッ」は,いつ使い物になるの?

◆◆Timor ティモール

 【質問】 東チモール独立までの経緯は?

 【質問】 2006年4月から始まった東ティモール暴動とは,どんなものなのか?

 【質問】 2006年5月に各国が東チモールに派兵した兵力の数と目的は?

 【質問】 ホルタ大統領暗殺未遂事件とは?

 【質問】 アルフレド・レイナドとは?

◆◆VietNam ヴェトナム

 【link】

 【質問】 「ヴェトナム」と「ベトナム」,正しい表記はどちら?

 【質問】 仏印時代の,日本人の扱いを巡る日仏の対立について教えられたし.

 【質問】 クオン・デ侯について教えて下さい.

 【質問】 WW2終結からベトナム独立,その後の分裂,そしてベトナム戦争のアメリカ・ソ連の介入の事を扱った本はありませんか?

 【質問】 「ベトナム残留日本兵」「新ベトナム人」について扱っている文献等を教えてください.

 【質問】 ヴェトナム戦争で捕獲された米軍兵器は,ヴェトナム軍では何時まで使われていたのでしょうか?

 【質問】 ヴェトナム戦争後のヴェトナム経済の歩みは?

 【質問】 ヴェトナムの原発建設計画を教えられたし.

 【質問】 「ヴェトナムが原子力燃料を支那から入手する」という噂の信憑性は?

 【質問】 ヴェトナムの天然ガス資源について教えられたし.

 【質問】 「ディン・ティエン・ホアン」型フリゲートについて教えてください.

 【質問】 南沙諸島ベトナム漁船銃撃事件とは?

 【質問】 2010年現在の中越国境の,警備状況について教えてください.


◆総記


 【link】

「an Arms Watcher」◆(2010/06/02)中国,250台の軍用トラック供与 −中カ軍事面で協力体制強化

「An Arms Watcher」◆(2010/12/25)東南アジア,軍事面でも中国への依存度が増大

ASEAN(東南アジア諸国連合)公式WEBサイト ASEAN Hiteles Weblap(英語 Angol)

「BBC」◯(2012.08.13)Electricity grids key to South Asia's power problems

「BBC」◯(2012.08.13)South Asia's energy crisis demands collective action

「Global Voices」◆(2011/02/15)タイ,カンボジア:国境争いが激化

「UPI」●(2012/10/12) Total sets eyes on Pacific Rim natural gas
パプアニュイーギニア,ガス包蔵23兆,TOTALが強力

「VOR」◆(2013/03/13) 日本,ASEAN諸国との軍事協力強化に踏み切る

「WSJ」◆(2010/12/10)【社説】変化するアジアのパワー・バランス

「WSJ」◯(2012/02/08)Kogas, Japan Companies Eye Papua New Guinea LNG
パプアニューギニアの天然ガス,韓国及び日本企業が関心

「Zaeega」◆(2010/09/10)中国・インドシナの反米風刺絵コレクション(1958年〜1960年)

奥山真司 in twitter◆(2012/12/04)
 参加者のインド人の中国研究専門の女の子が先日中国に行って向こうの研究者と安全保障会議に参加.
 中国の研究者たちは,
「東南アジアの小国たちは,経済的には中国に依存するしかないのにアメリカと関係を持とうとしている!
 信じられないほど勇気あるがある!」
と,勘違いしたコメントを連発してたとか.

静岡県東南アジア駐在員事務所 Szizuoka Prefecture Délkeleti Ázsiai Bennlakófelelõsnek Hivatala
(東南アジア・リンク集 Délkeleti Ászia körül Linkok)
(リンク切れ)

ナマステ・ジャパン(アジア・アフリカ諸国)

日本ASEANセンター Japán ASEAN Gócpont(アジア基礎情報として.アジア各国公式機関へのリンク集あり)

日本国際問題研究所

日本貿易振興機構アジア経済研究所

統計資料コンテンツ

よくある質問集--統計データ入手方法

アジア各国・地域経済統計(PDF)

「防衛省防衛研究所」:東アジア戦略概観

メコン・ウォッチ

ヤジ研 アジア・メディア・リンク

『アジア紛争史』(学研,2008.10)

 なんで中台の対立図式が形成されたかとか,なんでベトナム戦争が起きたのかとか,基本的な前史から入ってるから,初心者でも(活字嫌いでなければ)読めるし薦められると思う.
 ただし兵器のハード面とかの情報は少ないから,兵器オタや戦術オタにはあまり薦められない.

 政治外交史というよりは,個々の戦争における戦略(政略)と作戦だな.
 双方の軍上層部の視点とか,各作戦の意図とかそれがどの程度達成されたかとか,その軍事作戦によってどういう状況が生じたとか.

 師団レベルの情報はけっこう充実してるから,兵器や人物がらみの有名な「エピソード」が,戦争全体の中でどういう位置づけだったのかは理解できると思う.
 ベトナムの「テト攻勢」におけるケサンやフエの位置付けとか.

――――――軍事板

●Indonesia インドネシア

「an Arms Watcher」◆(2010/06/01)中国,インドネシア空軍パイロットの養成を継続

「An Arms Watcher」◆(2012/02/04)露,インドネシアにIFVを輸出か

「Asia Sentinel」●(2012/07/08)Indonesia to Limit Natural Gas Exports
インドネシアは天然ガスの輸出制限に踏み込むか

「Bloomberg」◯(2012/07/24)Indonesia May Require LNG Buyers to Invest in Renewable Energy

「kojii.net」■(2011/11/21)今週の軍事関連ニュース
実は最新ではないインドネシア向け F-16C/D の件など.

「Jakarta Globe」◯(2012/05/31)Karim Raslan: The Chinese Engine
インドネシアは中国経済に依存,しかし最近,石炭需要など低下

「Jakarta Globe」◯(2012/07/24)Electricity Shortage Hits Indonesia's Ore Ban Plan

「Jakarta Globe」●(2012/09/12)Indonesia Hopes to Build First Nuclear Power Plant in West Kalimantan
インドネシアで西カリマンタンに原発開発の計画が浮上

「Radio Australia」●(2012/08/23)Indonesia's nuclear power plans
インドネシアの中部ジャワの原発開発問題,再び大きな争点に

「Russia Now」◆(2011/06/21)Sukhoi signs deal with Indonesia for dozen Superjet 100s

「The News International」●(2012/07/22)El Nino a double blow to coal exporters
下がる続ける石炭価格だが,インドネシアと豪の石炭輸出の見通しは暗い

「VOR」◆(2012/05/16)インドネシア ロシアの歩兵戦闘車,約40台購入

「VOR」◆(2012/11/14)インドネシアの三大都市「水没」
>同国エネルギー鉱業省はジャカルタとバンドン,スマランが地中の水分の大量消費により,地盤沈下が起きている危険区域であると宣言.

「朝日」◯(2012/10/18) BIZ BRIEF: Mitsubishi Corp. enters geothermal power business in Indonesia
インドネシア,三菱商事が地熱発電に参入
http://bit.ly/QtwyNS
http://bit.ly/uygSP0

「くろいあめ,あかいほし」★(2010/10/10)インドネシア,露製戦闘機180機購入へ

「孤帆の遠影碧空に尽き」◆(2012/10/03)インドネシア  パプアの分離独立運動 広がる宗教的不寛容

「孤帆の遠影碧空に尽き」◆(2012/11/09)インドネシア  メイド問題で高まる反マレーシア感情 パプア独立問題への暴力的対応

「週刊オブイェクト」◆(2010年10月03日)インドネシアが180機のスホーイ戦闘機を購入する計画

「ダイヤモンド・オンライン」◆(2012/12/03)【橘玲の世界投資見聞録】インドネシア・東南アジアにはびこる“汚職”という文化

「中南海ノ黄昏」:胡錦濤,マラッカ海峡を視察す

「六課」◆(2012/01/19)太平洋艦隊第6次海賊対処任務部隊は,インドネシアを訪問した
「六課」◆(2012/1/23)ロシア・インドネシア合同演習が行われた

『インドネシア 思想の系譜』(土屋健治著,勁草書房,1994.11.30)

『「海洋国家」日本の戦後史』宮城大蔵著,筑摩書房[ちくま新書],2008/06/10)
 どう見ても,本書の主役はインドネシア

『現代インドネシアを知るための60章』(村井吉敬・佐伯奈津子・間瀬朋子編著,明石書店,2013/1/30)

●Laos ラオス

「VOR」◆(2012/07/12)米国務長官 約60年ぶりにラオス訪問

「孤帆の遠影碧空に尽き」◆(2012/05/16)ラオス  メコン川ダム建設を延期 東南アジア国際関係の縮図

「孤帆の遠影碧空に尽き」◆(2012/07/12)ベトナム戦争の不発弾に今も苦しむラオス クリントン米国務長官,被害者の若者と面会

「孤帆の遠影碧空に尽き」◆(2012/11/11)ラオス  メコン川本流でのダム建設を強行 強まる中国の影響力 対中依存軽減の取り組みも

「ダイヤモンド・オンライン」◆(2012/09/10)ラオスでも中国,韓国の存在感が増大 その流れで日本語人気が低下中…

「ダイヤモンド・オンライン」◆(2012/11/21)国際イベントのたびに経済発展してきたラオス 日本と中国が支援でせめぎあい

「ダイヤモンド・オンライン」◆(2012/12/19)「歴史上,人口1人当たりの爆撃が最も”重い国”」. 都市部経済成長の裏で,ラオスが抱える不発弾の苦悩

「ダイヤモンド・オンライン」◆(2012/12/06)【海外レポート・ラオス】ラオス人が共に生きる メコン川の開発事情

「ダイヤモンド・オンライン」◆(2013/03/26) ASEANの田舎国・ラオス 人口わずか639万人の有力産業とは?

●Malaysia マレーシア

「Defense News」◆(2012/06/27)Malaysia Defense Minister Denies French Sub Graft Claims

「Today Online」◆(2010/05/05)M'sia to build nuclear power plant

「VOR」◆(2012/12/01)豪ライナス社 マレーシアでレアアースの生産開始

「孤帆の遠影碧空に尽き」◆(2013/02/21) マレーシア・サバ州の帰属をめぐる事件 「スールー王国」再建?

●Singapore シンガポール

「Defense News」◆(2012/06/02)Meeting Day at Shangri-La: SINGAPORE ? It’ll be a busy day of meetings for U.S. Defense Secretary Leon Panetta a...

「Defense News」◆(2012/06/02)Panetta: Sequestration is Artificial Crisis: SINGAPORE ? U.S. Defense Secretary Leon Panetta might be on the oth...

「Defense News」◆(2012/06/03)Agreement Calls for 4 U.S. Littoral Combat Ships to Rotate Through Singapore

「Defence News」◆(2013/03/07) Singapore Develops Smart Fence for Perimeter Protection

「The Diplomat」◆(2012/02/23)What Singapore teaches America

●南シナ海領有権問題

「47 News」◯(2012/07/21)中国,南シナ海扱わぬよう要求 日本外務省に

「Business Week」◆(2012/08/12)China Politics, Oil Needs Risk Conflict in S. China Sea
南シナ海の「石油政治」

「CNN」◯(2012/05/12) 中国の好戦的言動に反発しマニラでデモ,南シナ海の主権論争(リンク切れ)

「Defense News」◆(2012/06/18)China: Philippines Pullout From Shoal Calms Tension

「Defense News」◆(2012/06/28)U.S. sees momentum on South China Sea code

「Defense News」◆(2012/07/02)Philippines May Ask U.S. for Air Surveillance

「Defense News」◆(2012/07/03)Philippines Downplays Request for U.S. Surveillance Drones

「Defense News」◆(2012/07/06)Philippines Says It's Preparing to Acquire Newer Planes

「Defense News」◆(2012/10/01)Philippines Sends More Troops To Guard Disputed Islands

「Herald」◆(2012/08/07)China targeting South China Sea
南シナ海を狙う中国
 ヘリテイジ財団なのでややトーンを間引く必要ありだが,一般のアメリカ人にわかりやすく簡潔に解説しているところがミソ.

「Indian Defence」●(2012/05/12)India might get involved in the Philippine ?
フィリッピンと中国の南シナ海を巡る紛争について,インドが仲介に入る意志を表明

「Inquirer Global Nation」●(2012/05/18) Philippines willing to share Spratlys bounty ? Aquino
フィリッピン・アキノ大統領,中国等との紛争海域での,共同探査の可能性に言及
http://bit.ly/JM7wqy
http://bit.ly/15lmwJ

「Strategy Page」◆(2013/03/29) PHILIPPINES: China Sends In The Marines

「The Canberra Times」◯(2012/10/21) Philippines to request a united stand on China
フィリッピンは中国に対して南シナ海など平和的姿勢要請

「Togetter」◆(2011/01/13)フィリピンとアメリカ(主に安全保障上の問題 #futenma )

「VOR」◆(2012/01/28)フィリピンの米軍常設基地復活へ(解説)

「VOR」◆(2012/02/15)米国 海兵隊フィリピン駐留を目指す

「VOR」◆(2012/02/24)ベトナムと中国 南シナ海の諸島をめぐる争い複雑化

「VOR」◆(2012/04/11)西沙諸島:中国の観光事業にベトナム反発

「VOR」◆(2012/04/11)フィリピン 南シナ海の領土問題で中国大使召喚

「VOR」◆(2012/04/12)フィリピン・中国関係 緊張
>フィリピンは領有権を主張するスカボロ暗礁に沿岸警備艇を派遣.
>スカボロ暗礁周辺では先週,フィリピン海軍が中国の漁船数隻を発見し,拿捕しようとした所,中国の巡視艇2隻がこれを妨害.
>これについて比外務省報道官は,問題の外交的解決法模索を目指す,と述べており,一方の中国側は南シナ海における自国の主権は議論の余地がない物であり,スカボロ暗礁付近での漁船の活動は合法的な物だと主張.

「VOR」◆(2012/04/16)米比 石油ガス田を中国より護る
>南シナ海では米比両軍による定期合同軍事演習バリカタンが始まる.
>今回の演習の想定は仮想敵国に急襲された同地域にある石油ガス田の採掘施設の奪還で,アナリストらは,今回の演習の狙いは南シナ海での影響力拡大を狙う中国をけん制する事にある,と見ている.
>バリカタンの枠内ではルソン島での大地震・津波を想定した指揮所演習がマニラで行われ,指揮所演習には日豪韓なども参加.

「VOR」◆(2012/04/19)中国 南シナ海の島々の領有問題に関するフィリピンの要求を却下

「VOR」◆(2012/04/21)中国 南シナ海で拘束したベトナム人漁民を解放

「VOR」◆(2012/05/04)中国・フィリピン関係 新たな緊張
>比軍の発表によると,中国の偵察艇4隻,漁船10隻が南シナ海の係争中の海域にあるスカルボロ浅瀬に投錨.
>比軍スポークスマンは,これは中国政府の挑発行為であり,両国間の緊張を高めるだけた,としている.

「VOR」◆(2012/05/08)フィリピン企業 南シナ海ガス田開発 中国との協力を討議

「VOR」◆(2012/05/14)中国 南シナ海北部での漁業を禁止

「VOR」◆(2012/06/22)ベトナム 論争になっている南シナ海の島々の領有権を確認

「VOR」◆(2012/06/25)香港の船舶 フィリピン漁船を沈没させた疑い

「VOR」◆(2012/06/28)中国 南沙諸島海域で軍事パトロール開始

「VOR」◆(2012/07/16)南沙諸島 数十隻の中国漁船が現れる

「VOR」◆(2012/07/23)中国 南シナ海に即時対応部隊を展開

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「WSJ」◆(2012/07/18)Asean War of Words Over South China Sea Continues
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「人民網」◇(2013/03/18) 中国最大の漁業調査船,南沙群島で漁業資源を調査

「ダイヤモンド・オンライン」◆(2012/06/01)一触即発のアジア領海問題 引き金を引くのはウロチョロする中国漁民

●●中国艦越漁船銃撃事件

「BBC」◆(2013/03/27) China 'fired flares' at boat in South China Sea

「BBC」◆(2013/03/27) China says it fired flares, not weapons, at #Vietnam fishing boat

「NPR News」◆(2013/03/27) China, Vietnam Clash Over Disputed Islands

「The Straits Times」◆(2013/03/26) China plays down boat shooting accusations

「WSJ」◆(2013/03/27)  Boat Claims Chinese Attack


 【質問】
 ASEANの軍事情勢についての本を教えてください.

 【回答】

 江畑謙介「日本が軍事大国になる日」(徳間書店・絶版)に東南アジアや南アジアの軍備について書かれているけど,1993年までの情報だから古すぎるね・・・.

 今のASEAN加盟国には違いなくとも,絶対ニーズから外れてるとは思うけど,
小高泰「ベトナム人民軍隊」,
ナヤン・チャンダ「ブラザー・エネミー」,
タイン・ティン「ベトナム革命の内幕/(同)素顔」
をとりあえず.

 あと,現状からは大分離れちゃったけど,歴史資料として,「クーデターの政治学―政治の天才の国タイ」とか.

 リー・クアンユー回想録にも,軍事関係の話はそれなりにあったかな.
 独立のためには軍事力が要るって,当たり前の認識を心得てる建国者だからねえ.

 仕事で入手したJICAの資料で,そういうの「も」見た記憶があるんだが,一般には手に入らないのかな…

軍事板,2011/05/07(土)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 タイ・ラオス・カンボジアの,第2次大戦以降の政治・軍事史に関する本で,いいやつない?
 ラオス・カンボジアは,革命史とかもあればぜひ.

 【回答】
 ラオスに関しては,めこん社の本が結構面白いです.

 近代史になりますが,マーチン・スチュアート・フォックスの『ラオス史』は,フランス領ラオスの時代から説き起こして,現在のラオスに至る通史です.
 当然,第2次世界大戦以降の政治や軍事にも,大半を割いています.

 当事者としては,パテト・ラオの指導者であるプーミー・ヴォンヴィチットの書いた『激動のラオス現代史を生きて』が貴重な資料になります.
 当然,パテト・ラオ側から見たラオス紛争なので,相手のことは悪く書いていたりしますが.

 これを逆の視点から見たのは,原書房のピーター・ハークレロードの『謀略と紛争の世紀』がありますね.

 写真では,竹内正右の『ラオスは戦場だった』がお勧め.
 ヴィエンチャンに留まった日本人カメラマンが撮った生の資料です.

 インドシナ関係だと,ナヤン・チャンダの書いた『ブラザー・エネミー −サイゴン陥落後のインドシナ』が,1975年以後のインドシナ状勢を書いた著書になりますね.

眠い人 ◆gQikaJHtf2 in 軍事板,2011/02/19(土)
青文字:加筆改修部分

 版元品切れだが,歴史群像アーカイブスの『アジア紛争史』で,1章割いてラオス・カンボジアの内戦を扱ってる.
 値段的には一番手軽だと思う.

 カンボジアは『ポル・ポト伝』と『カンボジア零年』がお薦め.

軍事板,2011/02/17(木)〜02/19(土)
青文字:加筆改修部分


 【質問】
 東南アジア諸国って,軍部と政治家の癒着すごいんじゃない?

 【回答】
 この点はちょっと誤解があるかも.

 元々東南アジア諸国の場合,戦後の独立運動の中から生まれた国が多いため,独立初期には「軍人(反宗主国軍事活動家 ^^;)=政治家」という図式が成り立ちます.
 日本でいうと,明治初期の官僚や政治家に武士階級出身者が多いというのと似てます.
 現在では,軍事政権のミャンマーとかの場合を除けば,意外と政軍分離が進んでます.

 ただし,妙な例外(笑)としてインドネシアがあります.
 この国は事実上,大戦中は日本軍の軍政下にあり,その行政のかなりの部分を日本軍が行っていたこともあってか,現在でも国内に「行政は軍人が行うものだ」という,妙な誤解があるそうです(^^;;;
(東南アジア経済をやっている知人から聞いたときは,引きました ^^;)

 日本の江戸時代に置き換えて,「軍部=武士」としてみれば解りやすいかも.
 でもそれも,民主化で徐々に移行されるんじゃないでしょか?

ばばぼん♪ in 軍事板


 【質問】
 中国辺境地域の諸王朝について教えられたし.

 【回答】
 ミャンマーとラオス,それにヴェトナムに接して,中国の国境が大きく張出しています.
 この辺りは雲南省に属し,長江,メコン川,サルウィン川が青蔵高原からこの地域を貫流し,中国東部やインドシナ半島南部に達すると共に,西江,ソンコイ川,イラワジ川の上流もこの地域に源流を持ち,中国南部やヴェトナム南部,あるいはミャンマー南部で海に注ぎ,更にベンガル湾に注ぐブラマプトラ川も,チベット高原に発し,アッサム東北部でヒマラヤ造山帯を横断して西流していますが,支流はこの地域が源になっています.

 こうした大河川の上流を集約した丁度扇の要みたいな位置にあるのが,雲南地域な訳です.
 そしてこの地域は,文化人類学的に,照葉樹林文化論と呼ばれる学問的な考えに基づく,文化の中心地になっています.

 例えば,粟や芋を主作物にする焼畑農耕や,ジャポニカ米を主とする稲作農耕,餅種の穀類を開発しておこわや粽,搗き餅などの餅製食品を作り,それを儀礼に用いる慣行,味噌や納豆などの大豆発酵食品を作る技法に,茶葉を加工して飲用する慣習,麹を用いた酒造り,蒟蒻,モヤシ,なれ鮨などの特殊な食品もこの地域で共通的に見られますし,漆を用いての漆器作り,繭から絹を作る技法,鵜飼い漁,歌垣の慣行,山上他界の概念や山の神概念の存在,死体化生神話や洪水神話などの神話類型の類似性,羽衣説話や花咲か爺,猿蟹合戦や炭焼小五郎等と言った昔話や説話の共通性なども挙げられます.

 こうした共通的な文化を保有している民族を結んでいくと,雲南を中心として,西はブータンから東は湖南山地に至る広い半月形の地域が存在することが分かり,現在,この地域を称して「東亜半月弧」と呼んでいます.

 そんなに重要な地域にも関わらず,この地域は強力な中央政権が誕生することはありませんでした.

 最初に記録に出て来たのが,日本の弥生時代と同時期,雲南の●池の周辺にあった「●」と言う国です.
 これは,『史記』の「西南夷列伝」に記載がありましたが,長らく場所すら分りませんでした.
 戦後,昆明の東南,●池の畔にある晋寧県石塞山の墓から,「●王之印」と刻まれた印章や青銅器が出土し,その実態が明らかになりました.

 ●王国では,犂耕を伴わない稲作農耕が盛んでしたが,牧畜も盛んでインド系のゼブー牛が供儀用や富の象徴として大量に飼育されていました.
 高床式住居や穀倉があり,冶金や製陶,紡織や漆器作り,絹の生産も行われていました.
 社会的には奴隷制社会で,大きな農耕儀礼の際には人身御供も行われていた様です.
 また,大首長が集まって詛盟の儀式を行ったことも分っています.
 青銅器は,スキタイ系のものもあり,東方や南方と共に遊牧文化の影響も及んでいたとされています.
 青銅器の中には特有の銅鼓と呼ばれるものがあるのが特徴で,こうした文化をドンソン文化と呼んで,紀元前後に雲南からヴェトナム,タイ北部へと伝わり,後にインドシナ半島全体から東南アジア島嶼部へと広がっていきました.

 8世紀になると中原では唐が栄えています.
 この頃,この地域に成立したのが南詔王国です.
 この国の支配層は烏蛮(現在のイ族の一系統と考えられている)で,現在の大理を首都に,唐の庇護の下,現在の雲南省全体を版図に納め,8世紀末には仏教王国として繁栄しました.
 当時,西方のチベット族が興した吐蕃の脅威が増していた為,唐朝は,それに備える緩衝国としての役割を南詔に期待した様です.
 イ族は現在でも四川省南部から雲南省北部・中部に広く分布する民族で,雲南の少数民族中,最も人口が多い民族でもあります.
 このイ族は,大理盆地を中心に集中的に分布する白(ペー)族,麗江周辺の納西(ナシ)族(特有の絵文字とチベットの影響を強く受けた東巴(トンパ)文化を持つ),怒江流域のリス族や怒(ヌー)族,普米(プミ)族,南部の瀾滄江・元江流域の山地にいるハニ族などと共に,チベット・ビルマ語族系の大きな集団を形作っています.

 南詔はその後,漢族出身の権臣による簒奪が繰り返されて国力が衰退し,代わって白蛮(ぺー族系統と考えられている)の段四平と言う人物によって,新しく大理王国が興されました.
 この国は今度は宋に入貢して仏教国として繁栄を謳歌していましたが,宋が滅び,1254年に元が侵攻してくると,滅亡してしまいました.

 雲南省の北西地域にはぺー族やナシ族,リス族などが集中的に居住していますが,こちらはチベットの影響が強く,その農牧文化がチベットに似ています.
 しかし,この分布は北半の地域に限られており,南には及んでいません.
 寧ろ,南半の地域では,照葉樹林文化の要素が卓越し,河谷低地を本来の居住空間とする水稲栽培民のタイ族の文化が顕著になってきます.

 雲南省の西南部から南部に掛けての国境沿いの地帯には,多数の少数民族が分布しています.
 この辺りには,ハニ族(国境を越えてタイに分布するハニ族は,アカ族と呼ばれている)を始め,阿昌(アーチャン)族,景頗(チンポー)族(国境を越えてミャンマーに分布するチンポー族は,カチン族と呼ばれる),拉祐(ラフ)族や基諾(チノー)族などがおり,紀元前に湖南山地にいた武陵蛮や五渓蛮の後裔と考えられるミャオ・ヤオ語族の苗(ミャオ)族・瑶(ヤオ)族は,江南の山地から東南アジアに至る広い地域に分布していますが,雲南省では,東南部の元江(紅河)流域に主に居住しています.
 更に,これらの少数民族がこの地に移住する遙か以前から,雲南南部や東南アジア北部の山地に居住していたモン・クメール語族系の幾つかの民族,例えばシップソーンパンナーに分布する布朗(ブーラン)族や,その北西に分布する?(ワ)族,或いは怒江右岸に分布する崩竜(パラウン)族などが住んでいます.
 何れの民族も,主として山地斜面に住み,焼畑農耕や狩猟を生業として来た人々です.

 これに対し,タイ語系の民族は主として河谷低地や盆地に住み,水田稲作農耕を営む人々で,これらの諸民族の分布は極めて広く,東は広西壮族自治区の壮(チワン)族から,西はインドはアッサムのアホム族に及び,タイ族(シャム族)を主要民族とするタイ王国を中心に,その分布はヴェトナム北部,ラオス,中国南西部,ミャンマーのシャン州から,南はマレー半島に及んでいます.
 此の内,雲南省に分布する■(タイ)族は,タイ・ルーと呼ばれるグループで,西南部の徳宏■族景頗族自治州と南部の西双版納■族自治州に集中的に分布しています.

 こうしたタイ族は,広大な地域に分布しているにも関わらず,文化的な同質性が保たれている事が特徴です.
 その基礎を為すのは,双系的な親族関係で結ばれた農民世帯と,それが集まって構成される村落共同体であり,更にその上位の共同体として,ムアンあるいはムオンと呼ばれる地域組織があり,世襲的首長であるチャオ・ムアン或いはツァオ・ムオンによって支配されてきました.
 そして,幾つかの伝統的政治組織が更に発展し,1人の国王の権力の下に,多くのムオンが統合されて王国が誕生していきます.

 このタイ族の王国の形成は,13世紀頃に遡ります.
 北方の元の南進と,南方にあるモン族,クメール族などインド化された王国の衰退,そうした条件を背景に,雲南省南部からヴェトナムにかけての広い地域で,王国や小規模な首長国が出現したのです.
 これらは何れも,河谷平野の灌漑水田稲作に基礎を置き,上座部仏教とシヴァ派のヒンドゥ的要素によって正当化されたカリスマ的王権によって成立した国家でした.

 現在のラオス北部には,ルアン・プラバーンを中心にランサーン王国が誕生し,タイ国北部にはチェンマイを中心に,ランナータイ王国や,スコータイ王国が13世紀に成立し,その後現在のタイでは南方へのデルタ地帯に進出し,アユタヤー王朝を経て18世紀末にラタナコーシン王朝が成立して,今日のタイ国家の枠組みが完成することになります.

 ただ,雲南の方ではそうしたダイナミックな発展はありませんでした.

眠い人 ◆gQikaJHtf2,2010/03/04 22:49

 1254年,大理国は元朝によって滅ぼされ,雲南は元朝の版図に入ります.
 更に元朝は,ビルマのパガン朝を攻めて,1287年に滅亡させます.
 しかし,僻遠の地を直接統治するのは,元朝にとっても困難であったことから,こうした土地は土着の首長勢力を利用して間接統治を行う事にし,この統治形態は元朝を継いだ明朝,更に清朝にも引き継がれました.
 この制度を土司制度と言います.

 これは,少数民族の首長に中央政府から官職を授けてその地域の土司(長官)に任命し,彼らを通じて人民を間接統治させるものです.
 原型は元朝に作られますが,制度としては明朝に完成しました.

 この土司制度の有力国として,元末・明初の頃には徳宏地域に麓川王国,シップソーンパンナーには車里王国と言うタイ族の2つの土着王国が出現しました.
 但し,麓川王国は度々明朝に反抗して3度に亘って明軍に攻撃されて衰退して行きました.

 13世紀以降,西南中国から東南アジア北部山地に至る交易拠点を連ねた跨境地帯を支配したのはタイ族で,その中心になったシップソーンパンナーの車里王国は,北部タイのラーンナー王国,ミャンマー・シャン州のケントゥン王国,ラオスのラーンサーン王国等と密接な関係を結びました.

 14世紀末には,明が車里軍民宣慰使司を設置して,車里王を土司制度に基づいた官職である宣慰使に任じます.
 宣慰使は,中央政府の承認の下,人民に対する公租の取り立て,治安維持を始めとする地方統治の権限を有していました.
 そして,明朝との密接な関係を利用して,車里王は北部タイやラオスに勢力の拡大を図っています.

 一方で,16世紀末に車里王は,ビルマで覇権を確立したタウングー王国にも従属し,ビルマと中国の双方から,権威と支配の正当性を賦与される体制になりました.
 以後,19世紀末の欧米列強と清朝との間で近代的な「国境」概念が導入されるまで,雲南省の西南部国境は無いに等しい状態で,東南アジア諸地域の人や物,政治や文化の交流が極めて自由,且つ活発に行われていきます.

 ただ,こうした状況は,明が滅び,清が初期の頃に行っていた親王達による領土分割支配を廃して,次第に中央政府の直轄地を増やす様な政策を採り始める18世紀になると,次第に変化していきました.
 特に,明末からこの地域特産の茶の交易が盛んになり,それに伴って,漢人の商人が進出し,商品経済が浸透していってから,この傾向は強くなります.
 更に,清朝の漢化により,従来の土官や土司を廃止して,中央から漢人の流官を派遣し,直接統治と徴税を行う,所謂,「改土帰流」政策をこの地域でも実施し始めたことで,車里王など従来の土着王による恣意的な統治が難しくなっていきます.

 更に,19世紀後半になると,欧州列強もこの地域に進出し始め,世界的な茶貿易が隆盛を遂げることになります.
 そうなると,この地域での茶の交易は一層盛んになり,漢人の商業資本進出のみならず,英仏両国の植民地勢力の拡大の動きも活発になってきました.
 その動きの中で,1894年に■緬条約が締結されて,雲南と英領ビルマの国境が画定され,1895年には対仏条約が締結されて雲南と仏領インドシナとの国境が画定され,シップソーンパンナー地域のうち,ムアン・ウとウ・タイ両地方が仏領インドシナとなりました.

 この状態で20世紀を迎え,1912年に辛亥革命によって清朝が倒れると,1913年には早くも景洪に普思沿辺行政総局が設置されて,中華民国の直轄統治下に移行することになりました.

 それでも,名目的に車里王などの王権は残っていたのですが,1949年に中華人民共和国が成立し,1950年初めにこの地域も守備軍の寝返りなどで共産党政府の支配下に入ると,最初は共産党政府もこうした王権を保持させていましたが,「民族区域自治」の原則が公布され,1953年1月にシップソーンパンナー地区でも,西双版納?族自治区が設置されると,土司制度は「封建領主制」として完全に否定され,大規模な土地改革が行われて,社会主義的体制への移行が開始されました.
 1955年には自治区が自治州へと変更されます.

 また,同時に国家により「民族」の認定が行われ,タイ・ルーは雲南省内の他のタイ系民族と共に「?族」に認定され,他のハニ族,ラフ族,プーラン族などの非タイ語族系集団の「民族」と共に,自治州の構成単位となりました.
 この際,タイ・ルーは,「シップソーンパンナー」と言う領域名称の継続を強く主張し,シップソーンパンナーを漢字で表記した「西双版納」が自治州の正式名称となりました.
 確かに中国全体から見れば取るに足らない話ではありますが,シップソーンパンナーについては,タイ・ルーの文化伝統がこの地域を特徴づける最も重要な要素であり,この地域の観念が,タイ・ルーの民族的アイデンティティの拠り所にもなっていたりします.

 因みに,新中国成立時のこの地域の総人口は約20.1万人で,漢族は0.5万人(2.5%),?族は10.5万人(52.1%),その他少数民族は10万人(45.4%)だったのですが,1956年には総人口25.9万人で漢族は3倍以上増えて1.8万人(6.9%)となり,?族12.9万人(49.8%),その他11.2万人(43.3%)と?族は半分を切りました.
 1950年代後半から,この地域はゴム栽培を中心とする商品作物栽培が盛んになり,漢族農民が大量に移住してきたのを始め,文化大革命期にも多くの流入人口があり,漢化の度合いが急速に進み,1980年には総人口64.6万人の内,漢族は18.6万人(28.8%)となり,?族22.5万人(34.9%),その他23.5万人(36.3%)で,その人口比は著しく変化しています.
 1990年の段階でもこの比率は殆ど変わっていませんが,人口統計に表れない地方からの余剰労働力の激増もあって,漢族が大幅に増え,?族を始めとする少数民族の民族文化の伝統は大きく揺らぎ始めています.

 特に,漢化の傾向が強まったのが文化大革命の時代です.
 当時は「民族風情」と呼ばれている諸民族の伝統的な生活文化やその民族間の差異と言うものは,多民族国家としての民族の自治や民族文化を尊重するより,国家の政治的・思想的統一が重要視され,各民族独自の文化を否定し,国家への融合が強調される「民族融合」の旗印の下,否定されていきます.

 ■族の場合,その精神生活の中核を為していた仏教寺院はチベットのそれと同じ様に破壊され,僧侶は強制的に還俗させられたのを始め,伝統的な守護霊の否定,従来の慣行を無視した集団化の強制,更には民族的嗜好に適した餅米に代わり,生産性の高い粳米の生産が奨励されるなど,伝統的生活文化を否定し,漢族の同化が強制される局面が少なくなかったりします.

 ただ,文化大革命の嵐が収まると,再び伝統的な生活文化の回復が図られる様になりました.
 仏教寺院も僧侶も復活しましたし,農民世帯を単位とする旧来の村落生活の復旧,農業生産の自由化に伴う餅米栽培も復活しました.
 しかし,1980年代から始まった改革開放の波は再びこの地方を襲い,近代化の動きの中で,伝統的生活文化の中で消滅していくものが少なくない状態に再び陥っています.

 例えば,ゴム園や茶園などの近代的農場が拡大すると,焼畑農耕の為の土地を蚕食し,水田農耕とも競合します.
 守護霊の信仰や,寺院による子弟教育制度も,消滅の危機にある状態で,この地域の観光化が,皮肉にも民族としてのアイデンティティを辛うじて支えている状態となっています.

眠い人 ◆gQikaJHtf2,2010/03/05 23:01

> 1254年,大理国は元朝によって滅ぼされ

 これは誤りです.
 大理国の王系段氏は総管として残り,クビライの子供雲南王フゲジの政権と二重権力状態になり,これが明の雲南遠征まで継続します.

HASU,2010/03/06 03:31

 ご指摘有り難うございます.
 ただ,国としての後大理国は1254年に一旦滅び,その後は土司制度によって王族が生き延びている状態ではないかと理解したので,この様な書き方になったのですが,まずいですかね.

眠い人,2010/03/06 21:01

●=さんずい+眞
■=にんべん+泰

辺境王朝の一例(うそ)
(画像掲示板より引用)


 【質問】
 1950年代の東南アジア各国のモータリゼーション状況は?

 【回答】
 1958年11月25日,日本の小型車を売り込む為,羽田空港から東南アジアに向け,経済使節団が派遣されました.
 その使節団の報告書で,フィリピンを除く東南アジア各国の自動車事情が書かれています.

 使節団は先ず,ベトナムを訪れます.
 と言っても,ハノイではなくサイゴンの南ベトナムですが….
 この地域への戦火は未だ及んでいません.

 1957年当時,ベトナムの乗用車保有台数は29,876台ですが,その殆どはサイゴンに集中していました.
 因みに,当時の日本での乗用車保有台数はと言うと,44,431台ですから,日本に匹敵する状況だったと言える訳で.
 その殆どはタクシーで,車種はルノー4CV,他にモーターシクロとしてヴェスパのスクーター,更にヴェスパやランブレッタなどイタリア製軽三輪が幅を利かせていました.

 一行はその後カンボジアに陸路向かいますが,その道中は,「日本の東海道のドライブよりも快適」だったそうです.
 何しろ,当時の国道は「酷道」でしたからね.
 この道を時速100kmで屋根に荷物を満載したマジルスなどのバスが疾走し,ヴェスパのエンジンを搭載した軽三輪や,オートバイにリヤカーを着けたオート三輪も時速70kmを出せた様です.
 しかし当時の関係者からすれば,トラックや軽三輪を売り込みたいのに,こうした軽三輪やらバスがトラック代わりに使われているのは,余り好ましい状況ではなかったみたい.
 事実,トラックの姿を余り見かける事はなかったとか.

 プノンペン市民の足は,三輪自転車か自転車,スクーターで,数はサイゴンよりも圧倒的に少なく,タクシーは市外専用で,市内に入る場合は,市内に入る直前にタクシー用ナンバーから自家用ナンバーに付け替える事をしていました.

 その後一行はラオスに入りますが,ビエンチャンまで足を伸ばすことなく,ちょっと掠めるくらいに留め,ラオスのパクセからコラート,アユタヤ,バンコクと言うルートを取ります.

 そのタイの道は非常に悪く,「洗濯板」と称しています.
 その道を走るのは,ほぼトラックのシャシーにバスの車体を架装したもので,屋根に荷物を満載し,人間を鮨詰にして,時速80kmで突っ走ると言う恐怖な状態でした.

 バンコク市民の足は輪タク,モーター付輪タク,タクシー,バスですが,モーター付輪タクは騒音の観点から営業に制限が掛けられており,日本の軽三輪も若干稼働していました.
 日本製品の評判は良いのですが,モーター付輪タクの範疇なので,利用制限が付いていて,普及には問題があると述べています.
 当時,モーター付輪タクは,タイ全土に2,000台あったそうです.

 使節団は,こうした国々では,自動車の保安基準が無い為,無茶苦茶な改造に,限界以上に荷物や人を詰め込み,エンジンの耐久以上に無茶苦茶なスピードで飛ばすので,高速耐久性が重要になると考察しています.

 タイから一行は南タイの悪路を抜けて,マラヤ連邦に入りますが,特段特筆すべき記述はありません.

 シンガポールも素っ気ないもので,乗用車の保有台数が45,000台だという事を述べているだけです.
 そう言えば,この当時,シンガポールには中国(中共)から解放号トラックが輸出されていたりしたのでした.

 其処から彼らはインドネシアに飛びますが,ジャカルタの交通は,路面電車が走って居たものの,主に3輪の輪タクが主力でした.
 バスはタイと同じく,トラックをバスに改造したものが主力で,本物のバスは赤字で撤退してしまったそうな.
 また,インドネシアは,自動車の輸入を制限していましたが,新車は結構入っていました.
 これは多数の島を結ぶフェリーが有った為,海外からの密輸が結構あった為と見ています.

 フィリピンは対日感情が悪くて,渡航していませんが,マニラではジープニー全盛期でした.
 とは言っても,当時のジープニーは米軍余剰のジープを其の儘改造しただけで,全長も長くなく,飾り付けも酷くありませんでした.
 このジープニーが今のジープニーになるのは,1970年代で,ジープの余剰車ではなく,ほぼ国産化され,全長が延長されたよりバス風になってからの様です.
 地方都市では,三輪自転車または,サイドカーの様な三輪バイクが主流でした.

 今じゃ,これらの国々でも,自動車全盛ですけどね.

眠い人 ◆gQikaJHtf2 in mixi,2007年11月11日21:36


 【質問】
アジア各国が「空母保有」競争 [朝鮮日報](リンク切れ)
 ご存知かもしれませんけどネタの進呈です.
 JSFさんの見識はいかがでしょうか?


【回答】
 タイ海軍が二隻目の空母を保有しようとしているだなんて話は聞かないし
(予算的にも無理.空母本体よりも艦載機と兵装が買えない),
インド海軍は今までずっと空母2隻体制だった
(現在は更新の谷間で,空母「ヴィラート」一隻が老骨に鞭を打って頑張っている)
ので増やそうとしているわけではないですし・・・

 中国の空母保有計画に至っては,まだ何も具体的に進められてはいない〔このエントリが書かれた当時〕ので,今から始めても20年以上先の話です.
 韓国のLPXは強襲揚陸艦で空母ではないし,日本の16DDHはヘリ以外積む気はないですし・・・
 まぁ,中国海軍がインド海軍の保有する位の大きさの空母を建造し始めたら,「空母保有競争」が始まったと言えるかもしれません.

「週刊オブイェクト」,2005年07月29日


 【質問】
 海上保安庁ってマラッカ海峡に行って役に立ってるんでしょうか?
 自衛隊が行けばいいと思うのですが.

 【回答】
 相手は小舟に乗ってせいぜいロケット砲持ってる程度(ただアジア地域の海賊がそういう武器で攻撃して来た例はほとんどない.
 せいぜい機関銃程度)だから,軍隊が出ばるまでもない.

 というか,「軍隊」をそうそう人の国の領海もしくは排他的経済水域には派遣出来ない.
 相手の国だっていくら理由があるとは言え,他国の軍隊が自国の領域にやってくるのは嫌だから,「警察組織」としての海上保安庁が派遣される.

 真面目な話,中東地域から日本までの海上ルートをくまなくもれなく護衛したら,日本の国家予算を全部注ぎ込んでも足りない規模の海軍が必要になってしまうので,海自で全部護衛するってのは現実的ではない.

軍事板
青文字:加筆改修部分


◆◆D〜I


◆◆Indonesia インドネシア


 【質問】
 インドネシアの核事情は?

 【回答】
 [ 日刊アジアの開発問題 No.260 2008/02/03] によれば,インドネシアは中部ジャワ,ムリア半島に,2017年にも100万KWクラスの原子力発電所を運転開始すべく,準備を進めているという.
 詳しくは同メルマガを参照されたし.


 【質問】
 インドネシアの「9月30日事件」とは?

 【回答】
 1965/9/30,初代大統領スカルノを支えた両輪,陸軍と共産党の危ういバランスが崩れ,権力争いを内包した陸軍の一部が,共産党を武力弾圧した事件.
 東南アジア世界の「赤い星」と呼ばれたアイディット共産党議長は殺害されたが,殺害した陸軍は,
「捕らえたアイディット議長が逃亡を図ったので」
と,射殺理由を説明.
 それを聞いて,インドネシア占領行政に関わったある日本人は,
「旧日本軍のやり方を真似したようだ」
と評した.
 旧日本軍は捕虜を処刑したいとき,そうした口実を設けたというのだ.

 詳しくは,浅井信雄著「アジア情勢を読む地図」(新潮文庫,2001/12/1),P.181を参照されたし.


 【質問】
 スハルトとは?

 【回答】
 軍人出身.
 1966年,共産党謀議とされるクーデター未遂事件を経て,政治の実権を掌握.
 在任中は軍の力を前面に出し,反対派を封殺する強権政治を展開.
 半面,外資導入などで経済立て直しに一定の成果を挙げたが,汚職蔓延,氏一族のビジネス独占などの弊害も生み,国民の反発を買った.
 1998年,経済危機を背景にした国民による大規模反政府デモに直面して,退陣.
 退任後,不正蓄財の容疑で訴追されたが,体調不良などを理由に裁判は見送られる.
 ジャカルタ中心部の私邸で静養生活を送り,心臓発作などでたびたび入院.
 2008/1/4,多臓器不全で入院.
 2008/1/27,死去.

 【参考サイト】
「CNN」:入院中のスハルト元大統領が死亡,医師団が発表


 【質問】
 2006年9月25日の,インドネシア・キリスト教徒暴動はなぜ起こったのか?

 【回答】
 スラウェシ島中部で22日,キリスト教徒の死刑囚3名が処刑されたため.
 この死刑囚は,2000年前後に,2000名前後が殺害されたとされる,イスラム教徒とキリスト教徒の宗教紛争で殺人罪に問われていた人たちです.
 本件については,ローマ法皇ベネディクト16世も大統領恩赦による助命を嘆願していましたが,受け入れられませんでした.

 この処刑に対してキリスト教徒が反発.同島中部テンペナや西ティモールの一部で数千人が暴動を起こしました.
 西ティモールのアンタブアでは,数千名が検察庁や裁判所を襲撃し,検察官の自宅が焼き討ちにあいました.
 拘置所も破壊され,約200名が逃亡しました.

 ソースは,おきらく軍事研究会,平成18年(2006年)9月25日付.


 【質問】
 ポンティアナ反華僑暴動とは?

 【回答】
 ブログ「日々是チナヲチ」,2007-12-14-19:58:38付によれば,ボルネオ島の西カリマンタン州・ポンティアナという街で発生した.

 ポンティアナは古くから漢人が住んでいる街で,同市の総人口の2〜3割が漢人.
 香港紙『星島日報』(2007/12/09)によると,漢人は総人口の約3割ながら,市内に限定すると地元民たるマライ族の割合は26%.
「インドネシアで中国文化が最も色濃く残っている都市で,市内ではインドネシア語を使わなくても言葉が通じる」
とのこと.
 香港紙の報道を総合すると,事件が起きたのは2007年12月6日の午後から翌7日の昼間にかけてで,6日に交通事故で起きた,漢人(30)とマライ人(52)とのいさかいが発端.
 両者は口論の末,漢人がマライ人を殴打.
 この出来事に怒ったマライ族数百名が当の漢人の自宅を襲撃し,焼き打ち.
 さらに,続々と加勢の民衆が加わって,市内の「南斗廟」という華人のお寺になだれ込んで手当り次第に破壊して回り,たまたま停車していた自動車3台に放火.周囲の漢人住宅めがけて投石するなどしたという.

 夜になると暴動参加者は数千名にふくれあがり,さらに大がかりな行動に出ようとしたところで警官隊が出動.
 マライ族リーダーへの説得が奏功して,民衆は7日の明け方に解散した.

 その後,警察の調停によって,マライ族と漢人の住民代表の話し合いが行われ,平和的に事件を収拾することで合意したという.

 双方に死者などは出ていない模様.

 詳しくは同ブログを参照されたし.


 【質問】
 セプ油田 Cepu block とは?

 【回答】
 インドネシア,ジャワ島中部にある油田.
 エクソン・モービルによって開発され,2009年初め,4年間の紛争を経て,2008年12月,日80万バレルでようやく生産開始.
 インドネシアとしては,急激に落ちて行く原油生産の大きな歯止めになると期待しているプロジェクトだが,2009年8月の生産目標,日15,000バレルを下回っているという.

 詳しくは,
Indonesia warns Exxon on failing Cepu oil output
http://my.reset.jp/adachihayao/index090828G.htm
http://www.reuters.com/article/rbssEnergyNews/idUSJAK47562820090827
および
「日刊 アジアのエネルギー最前線」 2009.8.28付
を参照されたし.


 【質問】
 インドネシア石炭の戦略的重要性は?

 【回答】
 インドネシアは世界最大の石炭輸出国であり,石炭埋蔵量は930億トン.
 スマトラとカリマンタンに分布している.

 インドネシアの石炭は,硫黄分と窒素酸化物が少なく,廃棄部分も少なく,設備や灰捨て場の費用を節約でき,米国や欧州の環境規制にも有利.
 それにインドネシアの石炭は露天掘りが多く,経済的.

 こんなにいいこと尽くめのインドネシア石炭だが,多くの省庁で管理されている結果,不確定な規制措置と法制度のため,探査への外資の投資は進んでいない.
 このまま推移すると,インドネシアは石炭輸入国に陥る可能性があるという.

 詳しくは
Power of the future despite looking black now
および
【日刊 アジアのエネルギー最前線】,2008/11/23付
を参照されたし.

▼ なお,2008/11/29付,「バンコク・ポスト」によれば,タイの株式上場発電企業でタイ国内業界第3位のEGATインターが,インドネシア・ジャンビ県の炭坑権利を取得したという.
 現地の調査によると,ジャンビ県(注11)の石炭埋蔵量は22億トンで,高品質とされている.

 詳しくは同紙,および【日刊 アジアのエネルギー最前線」,2008/11/30付を参照されたし.▲


 【質問】
 日米の対インドネシア戦略の違いは?

 【回答】
 インドネシアで地方の分離運動や自治要求が沸き上がると,インドネシアの軍部や治安当局が,かなり強引な方法で鎮圧してきた.
 これに対して米国は,人権を盾に,インドネシア当局をあからさまに非難することが多い.

 しかし日本政府は,インドネシア当局を静かに説得する程度であり,インドネシアに甘いとの印象を与えることもある.
 例えば東チモール問題での日本の対応は異様だった.
 ポルトガル支配地の東チモールを,インドネシア軍が76年,併合する.
 国連はこれを認めなかったが,現地の抵抗運動をインドネシア軍は武力弾圧した.
 この明らかな人権侵害を巡り,日本は正面からスハルト政権を非難せず,
「援助しにくくなるから」
と,密かに善処を求める程度だった.
 96年に,ノーベル平和賞を得た東チモールの独立運動家が翌年,初来日し,政府に面会を求めても,日本側はスハルト政権に遠慮し,一切拒否するほどだった.

 日本政府は「アジア的対応」の正当性を主張するのだが,その意味は,多島国家インドネシアの分裂の危機に直面して,人権保護を理由に放置しておけば,結局はこの国が大混乱になり,人々はさらに悲惨な人権侵害を経験することになる.
 しかも,周辺の東南アジア諸国をも不安定にすれば,それは世界的なマイナスではないかというのである.

 日本の対応の原点は,石油・天然ガスへの渇望である.石油のゆえに,日本はインドネシアの人質になったかのように,しばしば身動きできない.
 特に73年の石油危機以降,中東石油の供給が不安定となり,石油の輸入元を多様化する必要に迫られた.
 その結果,まず重視されたのがインドネシア石油である.インドネシア石油の輸入量(96年)は,UAE,サウディアラビア,イランに次いで,輸入石油全体の約8%を占める.

 詳しくは,浅井信雄著「アジア情勢を読む地図」(新潮文庫,2001/12/1),P.185-186を参照されたし.


◆◆J-M


 【質問】
 マレーシアにおけるマレー人と中国人の対立の原因は?

 【回答】
 マレー人と中国人は,文化・宗教・経済能力など各面に渡って「水と油」の対立関係にあって敵視し合ってきた.
 歴史的に見てもマレー人は「先住民族」,中国系人は「渡来民族」であり,マレー人の多くは回教を信奉し,中国人は仏教徒かクリスチャンで,多くのマレー人は農村に居住して貧しく,中国系人は多く都市に住んで豊かで資本と流通機構を握っている.

 歴史を紐解くと,19世紀中葉,太平天国の乱により困窮した中国人は,シンガポールなどへ流出し,ここを移民の集散地としてマレーなどに散らばった.
 1867年,イギリスがシンガポールなどを海峡植民地にしてから約100年間,その統治により,種族問題爆発は一応抑圧されてきたが,最近のイギリス勢力の後退により,この人種的寄り合い世帯の亀裂が表面化したのである.
 1948年から12年に渡ってマレーシアの治安を乱したマラヤ共産党の主力も華僑であり,近くは1967年11月,イギリスのポンド切り下げに伴う旧マラヤ・ドル切り下げを契機に,ペナンに人種暴動が勃発した.
 マレーシア・シンガポールの分離に伴い,1967年6月,両国はそれぞれ新通貨を発行し,ポンド不安の折りから,共にポンド・リンクをやめて金リンク(1ドル=純金0.290299g)としたが,ポンド切り下げ前は新旧等価で旧通貨を回収中だった.
 金リンクの新通貨に対して切り下げられる筋であった(金リンクと言っても法制上,平価変更により,新通貨の追随切り下げも可能だったが,貿易政策上も不追随が有利だった)ので,1旧マラヤ・ドル=0.8571新マレーシア・ドルに切り下げ交換することとした(貧困者のために,小額硬貨は例外的に等価).
 これは多くの旧通貨を持つ中国系人の感情を,いたく刺激したのだった.

 数字は古いが,1951年のマラヤの種族別国民所得の分布を見ると,全体の富を100として,中国系人38%,マレー人8%(イギリス人など非アジア人43%,インド系人8%,その他アジア人3%)と,両種族間には貧富の差が厳存している.
 1967年末における商業銀行の預金高を見ても,外国系銀行のシェアは44.5%,マレーシア系33%(両種族系を含む)に対して,シンガポール系(中国系)だけで22.5%を占めている.

 また,この国では,1970年に終わる新5ヵ年計画を実施中だが,これについてもマレー人は
「それにより蓄財するのは結局,中国系人だ」
と考え,中国系人は
「国家投資の為に我々から税金を吸い上げて,これをマレー人の農村に投入するのだ」
と見るわけである.

 さらに対立を拍車する原因として,政府のブミプトラというマレー人優先政策を挙げねばならない.
 すなわちマレー人指導者は,
「弱い民族を庇護することこそ,真の公平というものだ」
との思想に立ち,土地所有権・公民権・公職就任などにつきマレー人を優遇しており,例えば1968年10月現在の主要閣僚8人の内,中国系人は蔵相・商工相の2人だけだった.
 1967年8月から国語はマレー語で,外交上など特別の場合に英語を認めるに過ぎず,行政上も例えば東部マレーシアのサワラクでは爆竹を禁止するといった風俗干渉にまで及んでいる.

(渡辺長雄「わが世界見聞記」,近代文芸社,1998/5/20,p.143-145,抜粋要約
※原文は「世界週報」1969/6/17掲載)


 【質問】
 マレーシア初の潜水艦「KDトゥンク・アブドル・ラーマン」について教えられたし.

 【回答】
 スコーピオン級通常型潜水艦と同型で,2002年に仏DCNSとスペインのナヴァンティアの合弁会社に発注した2隻のうちの1隻.
 2007/10/23にフランス・シェルブールのDCNSドックより進水.
 2009年1月に引き渡しを受ける予定.
 また,2番艦の「トゥン・ラザク」は2009年末までに引き渡しを受ける見通し.

 要目は
全長67.5メートル,
排水量1,550トン
速力は20ノット
航続能力45日間
乗員31人

 艦名はマレーシア初代首相の名に因む.

 詳しくは
http://military.exblog.jp/6358547/
を参照されたし.


◆Timor ティモール


 【質問】
 東チモール独立までの経緯は?

 【回答】
 東チモールは1975年11月に独立宣言したが,9月にインドネシア軍に侵攻され,占領された.
 東チモールで共産主義勢力が伸張している,として行われたこれに,米国もオーストラリアも反対しなかった.
 以後,反インドネシア・ゲリラ活動とインドネシア軍との戦闘の中で,10万から25万人の住民が犠牲になった末,やっと2002年に独立した.
 以下引用.

 18世紀以来,あるいは数え方によっては16世紀以来,東チモールはポルトガルの植民地だったのですが,1941年に日本軍の襲来を見越して,東チモールは一時オランダとオーストラリアの予防占領下に置かれます.
 いよいよ日本軍がやってくると,これら連合軍と東チモール住民有志による抗日ゲリラが日本軍と戦い,4万人から7万人の住民が命を落とします.
 日本の敗戦後,再びポルトガルが東チモールを統治することになったのですが,1974年にポルトガルの本国で民主革命が起こると,翌1975年11月に東チモールは一方的に独立宣言を行います.
 ところがその9日後にインドネシア軍が侵攻して東チモールを占領し,インドネシアに併合してしまうのです(注1).

(注1)1975年は南ベトナムが北ベトナムに占領された年であり,東チモールで共産主義勢力が伸張している,として行われたインドネシアによる東チモール侵攻・併合に米国もオーストラリアも反対しなかった.
 たまたま侵攻直前にジャカルタを訪問していたフォード大統領とキッシンジャーは,・・ということは,キッシンジャーが吹き込んだとおりにフォードは,・・侵攻計画を打ち明けたスハルト大統領に対し,米国はインドネシアによる東チモール併合に反対しない,と明言した
(http://en.wikipedia.org/wiki/Henry_Kissinger.5月29日アクセス).

 インドネシアによる東チモールの占領は,1999年まで24年間続くことになりますが,この間,反インドネシア・ゲリラ活動が続き,占領当時の住民人口が60万程度しかなかったというのに,主としてインドネシア当局によって,10万から25万人の住民が犠牲になります.
 しかし,カンボディアにおけるポルポト政権による国民大虐殺(注2)の陰に隠れて,このインドネシアによる大虐殺はほとんど国際的な話題にはなりませんでした.

 〔略〕

 1999年に国連の斡旋で,インドネシア・ポルトガル・米国の間で合意が成立し,東チモールで,その将来を決定する住民投票が行われ,完全独立が決まるのですが,これに反発したインドネシア軍部が親インドネシア民兵をけしかけて独立派住民に攻撃をしかけさせ,1,000人以上が殺害されます(NYタイムス前掲).
 この時は,オーストラリアを主力とする国際平和維持部隊が東チモールに派遣され,ようやく治安が回復します.
 東チモールが正式に独立するのは2002年のことです.
 〔略〕
 (以上,特に断っていない限りhttp://en.wikipedia.org/wiki/East_Timor(5月30日アクセス)による.)

太田述正コラム#1266(2006.5.30)


 【質問】
 2006年4月から始まった東ティモール暴動とは,どんなものなのか?

 【回答】
 給料未払い,待遇の悪さ,解雇などから兵士の暴動が発生し,これに地域的・民族的衝突や犯罪者の暗躍が加わり,収拾がつかなくなったもの.
 5月に沈静化するまでに,死者20人以上,避難民5万人以上に及んでいる.

 以下引用.

 2月に国軍兵士1,400人中400人以上が給与と処遇の改善を求めてストライキを起こし,3月には政府が600人近い兵士を解雇したところ,4月にはこれら解雇された兵士が暴動を起こし,やがて東西の地域的・民族的衝突がこれに加わり,更に犯罪者達が暗躍するに至り,銃の撃ち合いとか放火・掠奪で収拾がつかなくなりました.
 そこで5月に入ってから政府が外国の援助を要請し,先般1,800人(一説には1,300人)のオーストラリア兵,及び少数のマレーシア兵・ポルトガル兵・ニュージーランド兵が治安維持に東チモールにかけつけたおかげで,治安は小康状態になっています.
 しかし,これまでに20人以上の死者が出ており,教会等で避難生活をしている人々は5万人に以上にのぼっています.
(以上,
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/5025310.stm,
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/5025232.stm(5月29日アクセス),
及び
http://www.nytimes.com/2006/05/29/world/asia/29timor.html?_r=1&oref=slogin&pagewanted=print
(5月30日アクセス)による.)

太田述正コラム#1266(2006.5.30)


 【質問】
 2006年5月に各国が東チモールに派兵した兵力の数と目的は?

 【回答】

●オーストラリア

 オーストラリアは,部隊の派兵について
「東チモール軍と反乱兵の衝突後,内戦が発生する懸念があり,両者間の暴力鎮圧のためだけに部隊を展開させる」としています.
 治安権限は国家主権に属することですが,東チモールは豪州にその権限を預けました.

 オーストラリアの軍と政府関係者は25日朝,東チモールの要請を受け,展開準備中の部隊(約1300名:大隊規模)の行動計画について話し合うため,同国の首都ディリに向かいました.

 東チモール側からは,軍事・警察両面での支援要請がありましたが,ダウナー豪外相は
「もっと大規模な部隊の展開が必要.現状規模ではオーストラリア軍が負う危険が高すぎる.部隊は反乱兵たちの意気を削ぐための「見せ兵力」としての役割に集中させる」
と述べています.
 オーストラリアは3隻の軍艦,ヘリ・装甲兵員輸送車を部隊支援のため派遣していますが,ともに部隊を派遣するニュージーランド(60名の警官と兵士)・ポルトガル(旧宗主国,120名の武装警官)・マレーシア(50名)の治安部隊とともに首都ディリの復興にかかわりたいとしています.

 東チモール派遣豪軍指揮官のMichael Mumford中佐は,26日時点で
「命令が出れば武力発動を躊躇することはない.しかし,われわれの主任務は両者を交渉の席につかせることだ」
と述べています.

●インドネシア

 隣国インドネシアですが,24日時点で国軍報道官は「インドネシアは軍部隊の派遣を行なわない」と述べています.
 スヤント空軍中将は,東チモールで軍と反乱兵の衝突が発生している間,国境地帯の警備を強化するよう命令しています.
 また,国軍が国境警備にあたる将校の数を減らすことはないとしいます.

 〔略〕

●米軍

 米軍はオーストラリア軍の東チモール展開準備を支援するため,米軍は25日,グアムのヒッカム空軍基地から3機のC-17輸送機を現地に向けて出発させました.
 25日時点では東チモールへの米軍派遣については白紙状態です.

おきらく軍事研究会,2006年5月29日,改


 【質問】
 ホルタ大統領暗殺未遂事件とは?

 【回答】
 2008/2/11,東ティモールのラモス・ホルタ大統領の私邸を,同政権に敵対するレイナド▼少将少佐▲率いる武装集団が襲撃した事件.
 大統領は腹部を撃たれ,治療のため隣国オーストラリアへ空路で搬送された.
また,初代大統領で現首相のグスマンの自宅も襲撃された.
 一方,レイナド▼少将少佐▲も,大統領邸の護衛部隊との間で銃撃戦となり,射殺された.

 オーストラリアとニュージーランドの両国は,同事件を受けて治安部隊を増派した.

 【参考文献】
2008/2/11付,産経新聞(共同通信)
2008/2/11付,産経新聞(共同通信)
2008/2/11付,日経新聞(高佐知宏)


 【質問】
 アルフレド・レイナドとは?

 【回答】
 アルフレド・レイナド Alfredo Reinado は,東ティモールの反乱軍指導者.

 東ティモール軍警察少佐だったレイナドは,2006.5.3,兵士約600人を率いて同国軍を離脱.
 これを機に,東ティモールでは対立する勢力間での抗争が激化した.
 レイナドはいったん拘束されたが,2006.8.30,50人の服役囚らとともに脱獄に成功.
 2007.2.25,レイナドとその勢力は,国境警備警察隊の武器貯蔵庫を襲撃し,自動小銃などの武器を奪取したとされる.
 そのため,東ティモールに駐留中のオーストラリア軍部隊が,グスマン・東ティモール大統領の指示を受け,同国中部の山岳地帯サメにこもっているレイナドを包囲.
 和解交渉が行われたが,難航.

 2008.2.11,レイナド指揮の武装勢力は,首都ディリ Dili にてラモス=ホルタ Jose Ramos-Horta 大統領やグスマオ首相を襲撃し,ラモス=ホルタに重傷を負わせたが,レイナドもまた死亡した.

 【参考ページ】
2007年03月03日00時44分,アルジャジーラ
http://www.asahi-net.or.jp/~ak4a-mtn/news/quarterly/number23/23unreport.html
http://www.geocities.jp/hkbtls/tayori_2007/tayori59/tayori_59.html
http://www.geocities.jp/hkbtls/tayori/tayori_44/tayori_44.html
http://newsusagi.blog118.fc2.com/blog-category-15.html


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