c

「アジア別館」トップ・ページへ

「軍事板常見問題&良レス回収機構」准トップ・ページへ   サイト・マップへ

◆◆◆◆ターリバーンと麻薬
<◆◆◆ターリバーンの内幕
<◆◆戦史
<◆アフ【ガ】ーニスタン
南アジアFAQ目次

Mullah Omar


 【link】

「VOR」◆(2012/04/19)アフガニスタン ロシアと米国の特務機関 麻薬を捜索

「VOR」◆(2012/04/23)ケシの収穫 数千人のアフガニスタン人 出稼ぎへ

「VOR」◆(2012/11/20)アフガニスタンにおけるアヘンケシの生産,36%落ち込む

「VOR」◆(2012/12/10)アフガン出身の麻薬捜査官300名,ロシアで訓練を終える

「VOR」◆(2012/12/20)ロシア NATOに対してアフガン麻薬対策を呼びかけ


 【珍説】
 タリバーンは麻薬を禁止していたのに,米軍がタリバーン政権を崩壊させたため,再びアフ【ガ】ーニスタンは最大の麻薬産出地となってしまった.

 【事実】
 ターリバーンの麻薬禁止措置は,彼らが蓄えてきた麻薬の価格維持のためだと見られている.
 また,ターリバーンと麻薬の関わりは深い.

 国連の推定では,1995年には乾燥阿片の生産量は2000トンを越え,それ以後も,
96年には2,200-2,300t,
97年は2,800tにまでその量が増えている.
98年は天候が悪く,生産量は2,100tに落ち込んだ.
99年には,しかし,高価格に惹かれて芥子の栽培面積が増え,生産量は倍増して4,600tにも達した.
2000年には末端価格にして約800億ドル相当,世界総生産量の約4分の3を送り出した.
 それに引き換え,ソ連侵攻前の78年の生産量は,200tにも満たない.

 阿片の大半は,タリバン支配下のヘルマンド州,ナングラハール州で作られている.
 その地方の運送業は殆どパシュトゥン族の手に握られているので,阿片をパキスタンの辺境地域に輸送するのには何の問題もない.アフ【ガ】ーニスタン国内の精製施設に加え,この地方にも小さな工場が無数にあって,阿片をモルヒネ,さらにヘロインに精製していた.
 一部はカラチ経由で輸出されていたが,他に,カスピ海を渡ってトルコやバルカン諸国へ,あるいはア【フ】ガーン北部から中央アジア諸国,ロシアを経て東欧,バルト諸国へ,というルートもあった.
 〔略〕

 ア【フ】ガーンでは,村のムラーに支払われる,農作物への10%,ときには20%に及ぶ,伝統的な救貧税ザカートが,輸送物資にかけられる通行料と同じく,タリバーンの懐に入っていた.阿片の販売価格が最高1kg当たり60ドルとすると,タリバーンは,麻薬生産で年間6000万ドルから3億ドルの利益を吸い上げていたと考えられる.※
 この収入がなければ,それまで戦いの資金調達はできなかっただろう.タリバーン支配地域に暮らす,25万人の貧困に喘ぐ農夫にとって,阿片は,例え自分たちの取り分が1%に満たなくても,圧倒的に価値の高い換金作物だった.
 その上,他の地域と同様,麻薬のブローカーや,タリバーンの指導者もその中に入っているといわれている密輸共謀者達は,膨大な利益を手にしており,末端で麻薬を使用する異教徒がどんなことになろうと,あまり気にする者はいなかった.

 にも関わらず,2000年になると大きな変化が起きた.当初,タリバーンが麻薬に対して示した姿勢(※2)は,支配下の全地域において,麻酔物の生産と出荷を,麻薬の使用および飲酒と同じく,「法に反する禁じられた行為」と見なすというものだった.
「自分たちが支配する地域では,芥子栽培の削減,撲滅のために懸命な努力を行っている」
と,タリバーンは主張してきた.
 このような表明は暫くの間,皮肉としか見られていなかったが,1999年,オマルは芥子栽培を3分の1にするよう命令を出した.
 続いて2000年には全面禁止令を出している.驚いたことに,これは効果があったらしい.2001年初めに国連麻薬取り締まり局が発表した,アフ【ガ】ーニスタンの阿片生産に関する年次報告(※3)によると,生産量は僅か185tに落ちていた.3,300tという前年の生産量より約94%減である.
 この3,300tという数字でさえ,1999年よりかなり少なくなっていた.

 それはある程度,芥子栽培を行っていた地域に長い間続いた旱魃が原因だろう.旱魃のせいで芥子の生産量そのものが減った上,穀物栽培に重点が置かれるようになったからである.
 しかし生産量減少には,タリバーンが行った監視と取締りが大きく物を言ったのは明かである.違反した農民を数日拘留し,芥子を全て破棄するという条件で釈放するというのが,普通のやり方だった.
 大量の芥子を栽培していた唯一の地域は,タリバーン支配外にあったバタフシャン州.
 それに反し,2000年に最大の生産量を上げていたヘルマンド州は,2001年にはゼロだった.

 タリバーンは,禁止令実施をイスラームの教えを守るためと説明していたが,阿片にして2,800t相当といわれている,彼ら自身がこれまでに蓄積してきた在庫の価値を維持するのが目的だったという説明のほうが納得できる.

 原注
※ The Times, 13 April 1998
※2 Taliban Webite
※3 UNDCA: Afghanistan: Annual Popy Survey, 2001. 

(Sir M. Ewans 「アフガニスタンの歴史」,明石書店,抜粋要約)

 事実,禁令施行後も,阿片価格は暴騰せず,少し価格が上昇した程度でしかない.これは備蓄されていた阿片が在庫処分されていたと見るのが自然だろう.
 また,カーブル近郊のアルカーイダの直営農場は禁令の対象外だったとされている.

 また,2000年頃はターリバーン内部で,親アルカーイダ派と反アルカーイダ派が対立していたことから,この阿片禁令は,親アルカーイダ派による,反アルカーイダ派の資金源破壊が目的と見る向きもある.
 その推測の理由として,上述のようにアルカーイダ直営芥子栽培農場は黙認されていたこと,禁令に関わらず,備蓄阿片が在庫処分されていたこと,また,他国における以下のような事例が存在することが挙げられる.

「アサド大統領の弟であるリファート氏が,帰国を許され,大統領の後継者争いに加わったが,その軍資金がベカー高原の麻薬だった.
 ところが大統領の長男バーセル少佐は,レバノン駐屯のシリア軍に命じ,ベカー高原での麻薬栽培を摘発させている.叔父の資金源を潰しにかかったと考えて間違いない」

(柘植久慶「麻薬戦争地図」,銀河出版,'93,P.172)

 さらに言えば,芥子栽培の問題の根本は,農村の貧困の問題である.地主などに借金を抱えている小作農や,自作農であっても貧しい農民が,手っ取り早く現金を手にするには,麻薬栽培しかないという現実がある.
 例えば,
http://news.bbc.co.uk/hi/english/world/south_asia/newsid_1940000/1940916.stm
によれば,これまで麻薬業者が農民に500%もの利子で金を貸していたという.

 一方で,ア【フ】ガーンの農業においては最重要である水利の管理を行ってきたのが地主であるという面もあり,簡単に農地解放を進められるというものでもない.

▼ 以下引用.

――――――
 〔略〕
 アフガニスタンでは,土地所有権だけが地主か否かを区分していた.
 この所有権はイスラム法によって承認される.
 土地所有権以外では,地主も小作人も平等な立場にある.
 現実には,地主の負担の方が大きいといえる.
 地主は土地を提供するばかりでなく,農耕用の家畜,農機具,種子,肥料それに灌漑用水も準備しなければならない.
 また税金も払わねばならないし,訪問客をもてなし,ときには役人に賄賂も渡さねばならない.

 また,地主は小作人を追い出すこともできない.
 小作にンはモウルーシ(世襲耕作者)として数世代にも渡ってそこに住んでいる人々だからである.
 全ての生産物は地主と小作人で半々に分ける.
 小作人は労働力以外に何も提供する必要はない.

 通常,アフガニスタンで地主と小作人を,その外見で見分けるのは非常に難しい.
 着ているも燃は同じだし,家もまったく変わらないし,食べるものも同じだ.
 ごく限られた大地主だけが,ハーンあるいはマレクといった称号を示す服装をしている.
 だが山岳地帯には,このような大地主は殆ど存在せず,せいぜい40〜60ヘクタールの大きさだ.
 ウズベク系住民の多い北部,西部のファラー,ニームロゼ州だけは,まさに大農園という規模だが,これら地域には灌漑施設が実質的にはまったくなく,水が非常に乏しい.

 こうした事情から,伝統主義者,保守主義者,敬虔なイスラム教徒たちは,土地収用のいかなる政策をも忌み嫌った.

――――――モハマド・ハッサン・カリミ=経済学者・元「パミール」紙編集長=著『危険の道』(読売新聞社,1986.3.19),p.139-140

 現在,麻薬栽培が再び広がっている(http://www.sankei.co.jp/news/040220/kok099.htmによれば,アフ【ガ】ーンの03年のアヘン生産量は約3600tと,過去5年間で最高〔原文ママ.上述のように,これは正しくない〕になったことが、20日までの国連薬物犯罪事務所(UNODC)の調査報告で分かった,とされている)ことについて,「ターリバーンのほうがマシだった」論が時折聞かれるが,民主路線を打ち出している現在のカルザイ政権が,麻薬を撲滅したいなら,莫大な資金を投じて貧困対策をするか,ターリバーンのように武力で強制するしかないが,どちらもカルザイ政権には荷が重いだろうし,ターリバーンと麻薬との繋がりを無視して2000年の禁令だけを切り取った,近視眼的な論といわざるを得ない.


 【質問】
 ターリバーンは麻薬とどのように結び付いていたか?

 【回答】
 イスラマバードに住むパキスタン政府高官によれば,パキスタンの腐敗した役人や商人が,ターリバーンと結びついて麻薬に関する汚職に手を染めていたという
 以下引用.

――――――
「パキスタンはタリバーンやビン=ラーディンに恩があります.彼らはカシミール紛争に兵士や資金を送り込み,我々をバックアップしてくれていたのです.
 それに,同じイスラーム教徒の仲間を売ることはできません.
 かといってパキスタンは貧しい国ですから,西側諸国を敵に回すこともできません.
 怖いのはこれからです.
 パキスタン全土で,反政府運動が火を吹くかもしれません.何しろ,この国にはアフ【ガ】ーン戦争に義勇兵として参加し,タリバーン思想に洗脳された者が8万人もいるのです.
 それに,タリバーンと組んで巨額の利益を上げているパキスタン政府役人・商人は沢山います.ATT(アフ【ガ】ーン・トランジット貿易)と呼ばれるものが,それです.聞こえはいいですけど,これは世界最大の密貿易です.その中の最大のものは麻薬です.
 我が国には,タリバーンと繋がった汚職が蔓延り,政情も不安定です.
〔後略〕」

――――――大高未貴著「神々の戦争」(2001/12/20),P.27

▼ 今のところ編者の知る限り,ターリバーンと阿片の結びつきを示す証言は,以下の一つしかない.

――――――
「タリバンが権力を取って以来,彼らはたくさんの土地の所有者から畑地を奪ってる.
 おまえのお父さんは,タリバンがオピウム〔阿片〕の栽培を禁止したものだから,仕事をなくしてしまったわ.
 それも,ただ彼らがその商売を牛耳るためなんだよ」

――――――『神様はアフガニスタンでは泣くばかり』(シバ・シャキブ著,現代人文社,2007.8.31),p.185

 もちろん証言一つで即断することは危険である.▲

 一方,アハメド・ラシッド「タリバン」によれば,両者の直接の結びつきを示す証拠はない,としている.

 また,両陣営で栽培され,両陣営の間で取り決めさえ結ばれていたとする情報もある.

 阿片はアフガニスタンで,特に対ソ聖戦が展開された80年代に活動を始めたムジャヒディンにとっては,とりわけ重要な作物である.
 昨年,CIAによれば,アフガニスタンは世界の阿片の70%を生産した.
 その多くはファイザバードを経由すると言われる.
 私がこの町に来て何日もしない頃に会った,外国の支援団体で働く男は,闇取引がどのように行われるかを説明してくれた.
「大量の阿片がバタフシャン州で栽培されている」と彼は言った.「その一部は,前線の両側の地元住民が買う」
 その前線とは,タリバンと北部同盟の戦闘地域である.
「大半は原料のまま出荷され,タジキスタンで精製されて,モスクワ経由で西側に送られる」
 彼は去年,タジキスタンとの国境に近いコクチャ川沿いの前線付近で,難民に小麦を配る手伝いをしたとき,驢馬がタリバンと北部同盟両軍の間を行き来して,阿片の橋渡しをするのを目撃した.
 北部同盟の司令官達とタリバンは,無線で取り決めを行っていたと言う.
「中には,例え敵味方で戦っていても,親しく連絡を取り合う者もいた」
 タジキスタンから飛来したヘリコプターが,アムダルヤ川のほとりにできた境界線付近の引き渡し地点で,阿片を拾い上げた.
 この支援団体の職員の話によると,昨年,阿片の闇取引に正式な禁止令が出たものの,「実際は何も具体的な措置は取られなかった」と彼は笑った.
 禁止令は「いっときの話題」で終わったが,PRにはなった.

 私は阿片の現状については,ラバニ大統領の外交問題顧問で,大統領の下で薬物・麻薬撲滅対策委員会のメンバーだったムハンマド・ナジル・シャフィーとも話し合った.
 ナジルは27歳.私達のインタビューに望むラバニに付き添い,胸に手を当ててスター・ホテルの部屋に入ってきた補佐官の一人だ.
 彼によれば,ラバニ政権は薬物の押収,闇取引業者の逮捕,阿片畑の破壊を行ってきた.
 しかしアフガニスタン・イスラム国は,旱魃や戦争,そしてこの両方の災害による大量の難民流入に対処しなければならなかったと彼は付け加えた.
 国連を始めとする国際支援機関は,作物代用計画で被害農家を助けることをしなかった.
 ナジルは,阿片の闇取引とヘロインの売買をしているのは,パシュトゥン人とタリバンだと非難した.パキスタンにはとりわけ批判的だった.
「ファイザバードでは,この2年間に犯罪はたった1件,商店に泥棒が入っただけだ.
 ここの住民は,国際的な犯罪活動には精通していない.
 それはパキスタンから入ってくる.パキスタン人は自分の母親を4000ルピーで売るのだから」

Jon Lee Anderson著「獅子と呼ばれた男」(清流出版,2005/6/13),p.69-70

 ターリバーンが麻薬禁止令を出して以後も,北部同盟地域では麻薬栽培が続いていたことから考えても,この見解が最も真実に近いものと推測される.


 【質問】
 アフ【ガ】ーニスタンの麻薬の現状は?

 【回答】
 2005/3/6に米国務省が発表した,世界各国の麻薬生産・取引に関する05年版の報告書によれば,世界一の麻薬生産地に戻ったアフガニスタンは増産の勢いが止まらず ,「麻薬国」になり果てる寸前だという.
 しかし,05年度においては,若干の改善が見られる模様.
 以下引用.

 報告書はアフガンについて,
 (1) 04年のケシ栽培面積が前年の3倍以上に増え,20万6700ヘクタールと過去最高になった
 (2) ケシを原料とするアヘン製造は4950トンに上り,世界2位のミャンマー(292トン)の17倍にあたる
 (3) 国内総生産(GDP)の40〜60%を麻薬に依存している
などと指摘されている.

(毎日新聞,2005/3/6)

 しかし,05年度においては,若干の改善が見られる模様.

【アフガニスタン】ケシ作付面積と収穫量が減少,タリバン崩壊後初【09/01】

 麻薬のアヘンの原料となるケシ生産量世界一のアフガニスタンで今年,01年のタリバン政権崩壊後初めて,作付面積と収穫量が前年比で減少に転じたことが分かった.
 国連薬物犯罪事務所によると,同国の過去1年間のケシ作付面積は前年比21%減少した.
 好天に恵まれたため収穫量は2.4%減にとどまった.

毎日新聞,2005/8/31


 【珍説】
 麻薬政策に関しては,カルザイ政権はタリバンより統治能力がないってことだね.

 【事実】
 ということにはならない.

 第1に,そうした主張は,ターリバーン統治時代に麻薬生産が世界一になったという事実を見落としている.

 第2に,ターリバーンがやったような過酷な手段が許されるなら,現在の弱体なカルザイ政権でさえ,かなりのことが麻薬政策においてできる.
 しかし,そんなことを国際社会が許すとは思われない.
 下手をすれば援助凍結という事態を招きかねず,麻薬撲滅のために亡国という事態になりかねない.そんなものは本末転倒.

 第三にパキスタン北西辺境自治州との連絡が取締においては必須だが,パキスタンのトライバル・エリアは半独立状態であってパキスタン警察の力も余り及ばない.
 つまり麻薬業者にとっては背後に安全地帯があるに等しい.

第四に,元来この辺の地域では薬の入手が困難であり,阿片が鎮痛剤代わりに使用されてきたという歴史がある.
 それに貧困に喘ぐ農民にとっては,唯一手っ取り早く現金を入手でき,しかも旱魃の影響をあまり受けない作物でもある.

 これらの点を魔法のように解決できる方法があるというのなら,ぜひ聞きたいものだ.

(イラク板)


 【質問】
 麻薬密輸組織を撲滅するには,警察力で足りるか?

 【回答】
 イランの准軍隊ですらてこずることから,普通の警察力では困難だろう.
 イランの苦戦ぶりについては以下引用.

 ちなみに,このハッシーシの原料たる大麻(カート)は,アフガン南部の現在タリバーンの本拠地となっているカンダハル周辺が,大産地.
 取れたカートは,イランへと密輸され,世界に広まっていく.
 従来から,この密輸は,大型トラックの運転席の上に重機関銃を据え,荷台には,世界に誇るロシア製のカラシニコフ型自動小銃を手にした約20人が,カートと共に乗る.
 こうした武装トラックが20〜30台,横に並んで,アフガンからイランへ国境を突破してくる.

 これを迎え撃つのが,イランのジャンダルムリー(治安憲兵隊).105mm砲や武装ヘリコプターも持ち,イラン・イラク戦争にも参加している.
 こうした重武装の治安軍を以ってしても,十分な取り締まりが出来ない.

(松井茂〔軍事・外交評論家〕著「21世紀のグレート・ゲーム」
光人社文庫,2002/1/18,p.108)


 【質問】
 アフ【ガ】ーニスタンでは,どのくらい阿片が日常の一部となっているのか?

 【回答】
 例えば,小麦畑があると,それを囲む形で,生垣のように芥子の花などが植えられており,子供が泣いているときにも,おとなしくさせるために,母親が麻薬を子供に飲ませるという.
 その結果,病院の外来に連れて来られる子供の中には,麻薬の禁断症状も多いという.

 詳しくは,山本敏晴著「アフガニスタンに住む彼女からあなたへ」(白水社,2004/8/10),p.35-36を参照されたし.

 また,医療の貧困な地域では,鎮痛剤代わりに使われているという.


 【質問】
 アフガニスタンが麻薬国に転落するのを防ぐにはどうしたらいいのか?
 全てのケシ畑を,力に任せて焼き払うのもいいだろうが,それでは多くの農民を貧困の渕に追いやることになるだろう.
 どうやってケシ栽培しか生計の糧がない農民達を救うね?

 【回答】
 魔法のアシャー(杖)なんかないんだから,地道に農村の貧困対策するしかないねえ.

 いちばんてっとり早いのは徳政令を出して,今ある,地主に対する農民の借金をチャラにしてやることと,
 不在地主(アフ【ガ】ーンはこれがかなり多い.アフ【ガ】ーン農民の殆どは小作人.小作料もバカ高)を撤廃する,戦後日本で行われたような農地改革をやること.
 だけど,アフ【ガ】ーンでは治水の問題やイスラーム法の問題とも絡んで,これが困難なんだよねえ.

 地主勢力はアフ【ガ】ーンでは治水管理者を兼ねているから,下手に地主を潰そうとするとアフ【ガ】ーンの灌漑システムが崩壊しかねない.
 アフ【ガ】ーンの農業は灌漑なしでは成り立たないしねえ.
 さらに,地主の土地の没収は,アフ【ガ】ーンでの主流なイスラーム法解釈では,私有財産の不法な侵害に当たると見なされるんだよねえ.

(イラク板)

 麻薬対策をリードする英国が,2年に渡る麻薬撲滅の努力が一向に効果を発揮しない中で,数々の教訓を学び,それを踏まえた戦略を打ち出した.
 そこでは,ケシ栽培農家に栽培を止めさせるためには,警察・司法による強制執行力の強化と共に,ケシ栽培農家支援策の充実が不可欠である.
 具体的には,コミュニティの再興,地域総合開発のアプローチが有効であるとして,まずは北東部のバダクシャン地方で計画を試験的に実施することになったのは興味深い.

 〔略〕

 麻薬対策では,栽培されているケシの撲滅,密輸関係者の処罰,農家への代替作物の供与,需要抑制,啓蒙活動等の諸策を連携させて進めなければならないが,この中で日本は主として,ケシ栽培農家の支援を通じて麻薬対策に貢献していく.
 また,麻薬中毒患者の更生施設建設も支援している.

駒野欽一著「私のアフガニスタン 駐アフガン日本大使の復興支援奮闘記」
(明石書店,2005/8/18),p.162 & 164


目次へ

「アジア別館」トップ・ページへ

「軍事板常見問題&良レス回収機構」准トップ・ページへ   サイト・マップへ

Ads by Sitemix