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「BBC」◆(2010/10/25) Karzai confirms report of cash payments from Iran

「FT」◆(2010/08/09)Christian group denies converting Afghans

「Indian Defence」◆(2013/05/20) Hamid Karzai to seek more aid from India

「NY Times」◆(2011/06/19)U.S. Ambassador Responds to Karzai’s Criticisms

「VOR」◆(2012/03/08)国連,アフガン政府に女性の人権保護を呼びかける

「VOR」◆(2012/03/11)アフガン麻薬の生産が増大
>露連邦麻薬流通監督庁のイワノフ長官はモスクワでの国家麻薬対策委員会の会合で,露の諜報機関がアフガンでのヘロインおよびハシシの生産が大幅に増加しているとの情報を有している事を明らかにする.

「VOR」◆(2012/03/24)カルザイ大統領―アフガニスタンは世界で最も遅れた国

「VOR」◆(2012/03/25)タジキスタンとイラン アフガン横断鉄道計画を協議

「VOR」◆(2012/05/19)アフガン大統領「最低今後10年は他国の援助が必要」

「VOR」◆(2012/05/19)パキスタン当局 駐アフガン米大使館用貨物の自国領内通過を許可

「VOR」◆(2012/05/22)NATO アフガン政府への年41億ドル援助供与承認

「VOR」◆(2012/06/15)ラヴロフ露外相 カブールでアフガン問題の国際会議に出席

「VOR」◆(2012/07/07)アフガニスタン 支援国ら 160億ドル以上を約束

「VOR」◆(2012/07/08)国際社会 アフガニスタン支援に160億ドル超

「VOR」◆(2012/07/08)東京会議はアフガンの社会・経済復興における重要な一歩

「VOR」◆(2012/07/20)英国 アフガニスタンに800点以上の古美術品を返還

「VOR」◆(2012/12/07)アフガンのカルザイ大統領,汚職蔓延につき米国を非難

「VOR」◆(2013/04/03) 女優のアンジェリーナ・ジョリーさん アフガニスタンで2つ目の学校開校

「WP」◆(2011/01/12)In Kabul, Biden promises U.S. support beyond 2014

「国際情報センター」◆(2010/09/21)アフガン議会選挙

「孤帆の遠影碧空に尽き」◆(2012/07/10)アフガニスタン  復興支援の「東京宣言」 タリバンとの交渉実現がカギ 復興を阻む汚職体質

6「孤帆の遠影碧空に尽き」◆(2012/11/14)イラン制裁で追い詰められるアフガニスタン難民 イランとアフガニスタンの関係

「ぴんぐーの1日」◆(2012/04/06)ロヤ・ジルガにおけるマラライ・ジョヤの勇気ある歴史的演説 Dec.17, 2003


 【質問】
 アフ【ガ】ーン復興は何故必要か?

 【回答】
 アフ【ガ】ーンの内戦は,同国が紛争の中継地という役割を担いかねないからである.
 以下引用.

 内戦に痛めつけられたアフ【ガ】ーニスタンの人々の苦境を緩和する事は,最も重要な目的である.
 しかし,これは既に一国単位の問題を越え,国際安全保障の問題であることを強調したい.
 アフ【ガ】ーニスタンが地政学的にいずれも恒常的な紛争を抱える中東から,カフカス南部,中央アジア,南アジアの結節点に位置し,ここで内戦が続く事は紛争の中継地という役割を担いかねないからである.

 アフガニスタンの紛争は,こうした周辺地域の安定化抜きには考えられないが,逆にアフ【ガ】ーニスタン国家の安定は,諸地域間の紛争の連動化阻止の上で極めて重要なのである.

 失敗すれば,強権的な支配が続いている中央アジア諸国に紛争が飛び火する可能性が高く,中東の過激派集団との連携が再び太くなり,印パ間のカシミール紛争に新たな火種を作り出すことも十分に考えられる.

(納屋正嗣 from 「アフガニスタン――再建と復興への挑戦――」,
日本経済評論社,2004/3/5, p.31-32)


 【質問】
 復興人道支援と開発支援とは,どう違うのか?

 【回答】
 田中香(民間開発コンサルタント会社社員)によれば,その役割などからある程度分類されているものの,実際に現場における人々のニーズが,明確に分かれているものではないという.
 人々のニーズは,復興期の緊急的な物資の支援から,徐々に生活基盤の立て直しや行政サービスなど多岐に渡り,それは復興が進むと同時に開発支援の要素の多いものへと徐々に変化するからだという.

 詳しくは『国際人道支援におけるこころのケア アフガニスタンでの試み』(河野貴代美編著,新水社,2007.6.10),p.11を参照されたし.


 【質問】
 なぜアフ【ガ】ーニスタンは近代化されねばならないのか?

 【回答】
 『岐阜大学アフガニスタン学術調査中間報告1969/6〜9』(岐阜大学アフガニスタン学術調査隊出版,1969),p.17によれば,1969年当時,すでにアフ【ガ】ーニスタン経済は停滞しており,このままの状態が続くならば,これから数十年の間には殆ど埋めがたいほど格差が拡大すると予想されている.
 その結果,当時ですら乳幼児の死亡率は70%に達しており,このような状況は何らかの方法で改善されねばならないとしている.

 その後,長く続いた戦乱により,経済は悪化して失業者だらけ,乳幼児死亡率は統計上100%を超える事態になっており,よりいっそう近代化が必要であることは,想像に難くない.


 【質問】
 アフ【ガ】ーニスタンはどのような方法で近代化するのが望ましいのか?

 【回答】
 『岐阜大学アフガニスタン学術調査中間報告1969/6〜9』(岐阜大学アフガニスタン学術調査隊出版,1969),p.18-20によれば,以下の諸点が肝要だという.
(1) 財貨の公平な分配
(2) 国家の機能が十分に考慮され,不要な制度の枠組みが除去されねばならない
(3) 国民の政治参加が増大されねばならない
(4) 農業の発展を抜きにした近代化は考えられない
(5) 工業の発展も重視されねばならない

 現在のアフ【ガ】ーニスタンでは,どれも取り組み始められたか,またはその端緒にすらついていないものばかりである.

 ただし(3)については,いわゆる開発独裁に見られるように,独裁が国内安定をもたらす場合もある.
 世界銀行によれば,一人当たり所得の水準が低い場合,民主制は独裁制よりも安定性に欠けるという.

 また,アフ【ガ】ーンの農業はそもそも発展させようにも限界があるという,比較的信憑性の高い見解もある.


 【質問】
 アフ【ガ】ーンに最も有効と考えられる支援策とは?

 【回答】
 「あれもこれも」の支援ではなく,重点支援を行え.


 アフ【ガ】ーニスタン農村社会の特徴から,持続可能な支援のあり方を示唆するならば,次のようなことが言える.

 (1) 主要道路網の優先的・重点的復旧整備.

 都市と農村の復興・開発格差の回避に役立つだけでなく,将来の均衡ある都市と農村の交流拡大機会を担保することになる.
 都市と農村の交流拡大は,農村の貧困を示す諸指標改善に不可欠な物になっている.

 また,主要道路復旧整備は,アフ【ガ】ーニスタン復興物資の地方運搬,ならびに地方の余剰農産物の主要な国際交易センター都市への搬出を容易にしてくれることになる.
 農村社会の養生農産物搬出は,農村民を潤すばかりでなく,経済ユニットとして,また社会ユニットとしてのかつての農村コミュニティ復活に繋がる.
 それは芥子栽培を抑制させることになるし,また,地方の治安改善にも繋がる.

 さらに言うならば,都市部に踏み止まっている帰還難民や国内難民の帰村意識を促すことになる.

 (2) 主要道路復旧整備と併せた,4大国際交易センターとなっている都市から国際市場に繋がる国境での,関税事務所の開設支援と関税官の養成支援

 アフ【ガ】ーニスタンで生産される物の輸出を促進するばかりでなく,国内の密輸業者から通関税を徴収して国庫を潤すことになると同時に,密輸業者から通行税を徴収して独自の財源を潤してきた軍閥の資金源を絶つ事にも繋がる.
 中央政府の国庫が潤ってくれば,アフ【ガ】ーニスタン政府独自が稼いだ復興・開発資金となる.
 これは中央政権の権力再確立のテコになる.

 国際社会は,あれもこれもの復興・開発支援をすべきではない.
 アフ【ガ】ーン人が自立して復興・開発に取り組むようになりうる,選択的・戦略的支援を行えばよい.
 援助側にも援助疲れ気味があるから,選択的・戦略的支援をするのが理に適うものとなる.

 詳しくは,「アフガニスタン――再建と復興への挑戦――」(日本経済評論社,2004/3/5), p.75(遠藤義雄著述)を参照されたし.


 【質問】
 アフ【ガ】ーニスタンに対する国際社会からの復興援助資金は,きちんと届いているのか?

 【回答】
 ジュリアン・ブサク Julien Boussac によれば,半分も届いていないという.

――――――
 しかも,政府が受け取った国際援助金は,予定されていた総額に届いていない.
 現行予算年度の最初の7カ月間で受け取ったのは,約束された年間総額の42%にすぎなかった(14)
 プログラムごとの内訳はさらに雄弁である.
 民兵の武装解除と社会復帰のための資金は26%,警察関連の資金については15%しか支払われていない(15)
(14) Source : Afghanistan Donor Assistance Database, Kabul, 28 October 2003.
(15) 予定された総額といっても,政府が当初に要求した予算の半分にすぎない.
――――――「ディプロ 2003-12」

 ただしブサクは,人道援助組織でhらーとに10ヶ月間滞在しただけなので,情報の信頼性に問題がないとは言えない.


+

 【質問】
 アフ【ガ】ーニスタンの道路の現状は?

 【回答】
 アフガニスタンの地図は時として非常に人をあざむくものである。
 道路を示す線は,この国の村や町をつないでおり、それは確かに地図上では その通りの線である。
 しかし実際にA地点からB地点へ行こうとすると、 はげしく幻滅することになる。
 道路であるはずのものは,土の上についた車のわだちに過ぎない。川には橋がない。
 1時間しかかからないと思わ れた移動が,1日がかりの旅になってしまうのである。

 アフガニスタンの道路網の総延長20,720キロメートルのうち、3,120キロ メートルしか舗装されていないし、この3,120キロメートルの舗装道路の45パーセント以上はひどい状態である。

 道路のこの破壊ぶりは、アフガニスタンがどんなに分断されたままであるかを絶えず思い出させるものだ。
 物理的にも政治的にも都市国家に分割された状態ではこの国は再統合できないと、ハミド・カルザイ大統領は言った。この国は再び一つになるために道路を必要としている。

 道路の再建を求めているのは政府だけではない。普通のアフガン人もこれが国にとって最優先の課題だと考えている。クンドゥズ州のある村人はいう。
「いまうちの小麦を市場に持って行くのには1日以上かかる。
 もし地元の道がよくなったら数時間で行ける。
 市場に行ったり、病院や学校に行くのにも道路が要る」

Afgha.com,2002/11, 抜粋要約
翻訳:533


 【質問】
 CIMICとは?

 【回答】
 英軍の住民宣撫部隊.
 アフ【ガ】ーンでも活動したという.
 以下引用.

 最初にカブールのISAFを指揮した英国は,3度の英・アフガン戦争を戦い,大変な苦杯をなめた経験から,治安確保のために住民の支持がいかに重要か熟知しており,部隊の中に,住民の必要とする小さなインフラ案件,例えば学校や橋,道路の修理などの工事を行う民生支援部門(CIMICと呼ばれる)を初めから持っていた.
 私がカブールに着任して間もなく,その責任者が挨拶に来て,日本と協力してカブールの復興に貢献したいと言ってきた.

駒野欽一著「私のアフガニスタン 駐アフガン日本大使の復興支援奮闘記」
(明石書店,2005/8/18),p.87


 【質問】
 PRTとは?

 【回答】
 地域復興チーム Provincial Reconstruction Team の略.
 2002年夏から治安情勢の全般的悪化と事態の流動化が生じたため,同年末に,最大ドナーである米国が導入したもの.
 当初はJRT ( Joint Regional Team)と称されていた.

 この部隊は,特殊部隊や民生部隊に国務省やUSAID(米国援助庁)の要員を加えた構成であり,文民と軍の協力(CIMIC)の発展的形態と考えられる.
 この混成部隊の活用は,ISAFなどで徐々に拡大する気配を見せている.

 派遣構想が発表された当初,NGOコミュニティから強い批判を浴びたが,これまでのところ,懸念された弊害の発生は報告されていない.
 現場からも,不利益や実害に関する特段の報告は上がっていないが,実質的効果も明らかではない.
 むしろ,今のところは毒にも薬にもならない,という程度である.

 ただし,移行政権とドナーがPRTに寄せる期待は高い.
 移行政権やドナーは,援助実施期間に対する治安の確保を独自に保障できず,また,ISAF拡大派遣についても見通しが立たないことから,事前の策としてPRTが要望書に載せられるのである.

 その一方,特殊部隊要員が武装したまま,NGOを装って作戦任務を遂行しているとの批判も出ており,PRTに限らず,軍による人道及び復興支援の供与に対するアレルギーは強い.
 治安に対する懸念が人道復興援助にさえ影響を及ぼしている状況において,軍の直接的な統率や計画の下で人道・復興支援を行おうとするPRTの枠組みは,援助社会にとって二重三重に容認し難い環境を作り出している.
 NGOが懸念するように,派遣と支援が軍事醸成に左右されるようでは,中長期的関与を保証することは難しくなるであろうし,そもそも支援プロジェクト策定に関するPRTの実力も未知数である.
 それゆえに,援助コミュニティがPRTに対して抱く疑念は,必ずしも晴れていない.

 軍隊としてのPRTに光を当てた場合,PRTは復興活動における実績作りにおいてその真価を問われるのではなく,むしろ,不測の事態に際して援助コミュニティの安全確保に寄与できるかどうかが試金石となるのではないだろうか.
 実態の上で分かる,アフ【ガ】ーニスタンでの米軍などの交戦規定 rule of engagement になぞらえれば,第三者たるアフ【ガ】ーン人同士による局地的軍事衝突に直面しても,自らに危害が及ばない限り,その終息のために介入する可能性は,著しく低い.
 仮にPRTが治安の盾として機能しないこととなれば,援助社会からは文民と軍の協力のあり方も含めて問う声が強まることだろう.

 しかしながら,疑問を呈するだけでは不充分である.支援を進めていく上では,その先の現実的措置も検討されねばならない.
 この点に立てば,特定のドナーによる支援活動に対する安全確保を,当該国の軍部隊に担当させる,言わば自己簡潔型の軍民協力の導入も,一概には否定できなくなる.
 治安と復興の相互関係,復興の進展と政権の安定性,さらには和平プロセス全体に対する保障を考えた場合,これをオプションから即座に排除する道理はない.
 ドナーの中には,当初は治安維持目的の派兵を行っていなかったが,情勢流動化を受けてISAFへの派兵に歩み出そうとしているスイスのような国もある.
 事態を深刻に捉えた結果であり,同時に復興支援が求める要件に,実践的に対処している観がある.
 復興支援の重要性と意義を考える国ほど,同様の議論に行き着く事になるだろう.

(田中浩一郎 from 「アフガニスタン――再建と復興への挑戦――」,
日本経済評論社,2004/3/5, p.189-190,抜粋要約)

PRT展開図
(画像掲示板より引用)


 【質問】
 PRTの内実は?

 【回答】
 米軍の言うほどの成果は上がっていない.
 ただし,人々は将来に希望を持ち始めているという.
 以下引用.

 最初に訪れたのは,カブールの南100kmくらいに位置するガルデスの米軍のPRT基地である.
 ここからさらに100km行けばパキスタンに至るし,そこは,北西辺境州のワジリスタン地区であり,タレバンの拠点地域の一つである.
 ガルデスを県都とするパクティアが突破されれば,首都カブールに直接脅威が及ぶという事で,米国は最も早くここにPRTを設置した.
 PRTの基地は,町を通り抜けた先の国道の横にある.
 幾つか急ごしらえのプレハブの建物からなり,私達はその内の1つ,食堂,会議室,集会・娯楽室を兼ねた建物で,現地司令官から説明を聞いた.
 〔略〕
 司令官の説明では,ここのPRTはせいぜい60〜70名程度の小さなものである.

 まだ活動が始まったばかりであり,成果云々には早過ぎたが,存在そのものが住民に与える安心感が大きいとは,アイケンベリー将軍の解説であった.
 〔略〕

 その後の話となるが,ガルデスには新設の国軍の部隊が最初に地方派遣され,また,警察再建についても優先的に実施された.
 DDRも最もスムースに進んでいる.
 県知事も大統領派のまともな人という評価であり,全体として復興の道を順調に進んでいるとの印象を持っていた.

 私は,離任直前の夏に改めてガルデスを訪問したが,現実はさにあらず,町中の道は相変わらず殆ど未舗装で荒れるに任されていたし,道の両側の商店には結構商品が並べられているものの,建築ブームが起きているでもなく,人々の服装が綺麗になったわけでもない.
 県知事も,金がないとぼやいていた.
 それでも,この地域からは,湾岸諸国に移住したり出稼ぎに出ている者が多く,彼らの資金を当てにして,町の入り口に近い土漠の広大な敷地に,数千戸という大規模なマンションの建設計画が作られ,一部工事が始まっていた.
 なんともちぐはぐな感じであったが,それでも,人々が将来に希望を持ち始めた現象として興味深かった.

駒野欽一著「私のアフガニスタン 駐アフガン日本大使の復興支援奮闘記」
(明石書店,2005/8/18),p.89-90

 ただし,NATO主導のPRTと米軍主導のPRTとでは,任務に若干の違いがあるという.

 大統領選挙の実施時期が明らかにされた後の,2004年5月のNATOイスタンブール・サミットでは,既に述べたようにPRTをアフガンの北部,西部さらには中央部に展開することを決定した.
 10月に実施された大統領選挙までに,スケッフェルNATO事務総長などの努力が実り,NATOによるPRTは,マザリシャリフ(英国),クンドス(独)に加えて,マイマナ(英国)・ファイザバード(独)・ラグマン(蘭)に展開された.
 カッコ内はそれぞれのPRTの主導国であるが,軍事部門および民生部門から成る各PRTには,米国はじめ欧州各国が参画している.
 NATOは引き続き,西部のヘラートを初めとする幾つかの地域,さらにはバーミアンを中心とする中央部への展開を準備しようとしている.

 NATOが展開し,また展開を予定しているアフガンの北半分は,米国が主導する南半分と比較すれば,治安は慨して良い.
 そこで,NATOの主導するPRTの任務も,少し重点が違ってくる.
 例えば英国である.
 マザリシャリフでは既に,国連機関やNGOがそれなりに人道・開発のための支援活動をしている.
 そうした中で,英国PRTは,同地で対立する軍閥間の抗争が再燃するのを阻止したり,またDDRの促進支援といった治安関連作業が中心となる.

 マザリシャリフでは,タジク人のアタ・モハンマド司令官,ウズベク人のドスタム将軍,およびハザラ人のサイーディといった軍閥指導者に率いられた武装集団が,事ある毎にいさかいを繰り返しているが,国連および英国PRTを中心とする国際社会の仲介・監視の下,彼らもそうは簡単に武器を使う事はできなくなっている.
 日本もこうした努力に加わっている.

 〔略〕

 クンドスのドイツのPRTについても,米国のPRTとは一線を画す.
 こちらの担当地域は治安は悪くないが,開発支援が殆ど行われていない.
 そこでドイツ自身は,開発プロジェクトの実施に力を入れているし,日本も含めた各国にもPRT民生部門への参画・協力を求めている.
 また,ドイツは警察再編支援において主導国となっていることから,現地での警察再編をPRTの重要任務に加えている.

駒野欽一著「私のアフガニスタン 駐アフガン日本大使の復興支援奮闘記」
(明石書店,2005/8/18),p.92-95

 NGOとは合意形成ができたとは言い難い.
 国連機関にしてもそうであるが,NGOにしてみれば,これまで政治的に中立を保つことで自らの安全を確保してきたとの考えが強い.
 苦しむ人達がいれば,その政権の正当性いかんに関わらず,行って助けるのが人道支援の原則であり,そうした原則に基き,タレバン時代も支援活動をしてきた.
 それが,米軍であれなんであれ,特定の国の軍の庇護の下に活動したとなれば,相手から中立とは見なされなくなり,かえって危ないし,活動を制約されることになる,とNGO関係者は考える.
 事実タレバンは,攻撃の対象を次第に当初の連合軍およびこれに協力するアフガンの治安関係者から,援助関係者に拡大している.
 背後関係は必ずしも明確になってはいないが,ガズニーでUNHCRのフランス人職員が殺害された.
 また,北西部のバドギスでは長くアフガンで人道支援活動をしてきた「国境なき医師団」の国際職員を含む5名が殺害された事を契機として,同NGOはアフガンから退去した.
 NGOの懸念が現実化しているとも言えよう.

 それにも関わらず,治安と復興の間のディレンマに対処する試みとして,もっといいアイディアがない以上,現場での工夫を重ねてPRTを推し進めるほかないと思う.

駒野欽一著「私のアフガニスタン 駐アフガン日本大使の復興支援奮闘記」
(明石書店,2005/8/18),p.95-96


 【質問】
 アフ【ガ】ーンに関し,「日本に文民派遣が打診されている」というのは本当か?

 【回答】
 黒井文太郎は,そうした報道はニュアンスを取り違えているのではないかと述べている.
 以下引用.

――――――
 ところで,いくつかのメディアが「日本に文民派遣が打診されている」というような記事を書いていますが,ちょっと違うのではないかと思います.
 アメリカ側が言っているのは,「輸送ヘリ班」とか「医療チーム」「復興支援チームを護衛する警備部隊」なんかを出せ,ということで,それは「べつに自衛隊でなくてもいいよ」ということだと思うのです.
 決して,文民の農業指導者を出せとか言ってるんじゃないのですね.

 日本では,戦場にそんな任務で出せる文民の公機関がありますでしょうか?
 陸自しかないですよね.
 そういえば,日本政府はお金もいっぱい上納させられそうな雲行きですが,なんとかならんものなのでしょうか.

――――――「スパイ&テロ」,2008/12/25(木) 09:28:28

 事実としてNGO関係者が日本人も含め,幾人も襲撃されている状況がある.
 そうした状況下において,民間人派遣を求めてきているというのは確かに考えられない.
 よって,上記引用文の信頼性は高いように愚考する.


 【質問】
 アフガン経済はどうなっているのか?

 【回答】
 USAID(米国際開発庁)のアンドリュー・ナツィオス長官によれば、援助機関や支援国の努力によってアフガニスタンの再建に進歩がみられるが、人道援助は依然として緊急的重要性を持っている,という。
 以下は,ナツィオス発言からの引用である.

 USAID長官は、努力は毎日実を結びつつあり、病院は再開し、道路工事は進み、井戸や灌漑システムが機能しはじめていると語った。
「これらのことの多くは目に見えないものだ。
 免疫をもった家畜が輸入されていても,どれがそれかはわからない。
 小麦畑は見えるが、どれがわれわれの援助した種で、どれが在来の種かはわからないだろう。
 しかしわれわれは、食糧問題が今年の収穫で劇的に改善されたことは確かに知っている。
 地方の各地で市場が機能を取り戻し始めている。
 生活が通常に戻るにはあと2、3年はかかるだろうが、経済は回復しはじめており、もし灌漑システムを稼働させることができれば、この国は数十年前の状態よりもっと繁栄することができるだろう」
と彼は述べた。

 再建が軌道に乗っているので、政府機関には通信システムが設置され、教師、会計検査官、会計士などのトレーニングプログラムが始まっている、学校は開かれて予想より多くの生徒を集めている,とナツィオス氏は述べた。
「われわれは3月に学校の授業開始に備えて1000万冊の教科書を印刷した。
 10人のアフガン人の教師、6人は男で4人は女だが、この10人が教科書を3回読んで、テキストに間違いがないことを確かめた。
 この作業は非常に注意深く行った」
と彼は述べた。
「われわれはこれで当座の役に立つと思ったが、彼らは春の授業開始にあと650万冊を要求してきた。予想したより多くの子供たちが入学したからだ」

 破壊的な干ばつにもかかわらず、アフガニスタンの農業部門も回復の徴候を見せている。
 ナツィオス氏によると、タリバンがこの国の大部分の灌漑システムを爆破して以来,死んだと思われていた果樹園が灌漑で再生しつつあるという。
 綿花生産は地域によっては400%も増加した。
 また,ナツィオス氏は,食糧生産は夏を通じて劇的に増加したとも述べた。
「小麦の生産は80万トン増加した。これは50%の増大だ」
と彼は述べた。
「必要とされる量と生産量との間にはまだ25%のギャップがあるが、われわれはあと1年半かければ、食糧生産を1978年以前のレベルに持って行けると信じている。
 その頃はこの国は,食糧を輸入せずに自給自足できており、果実や野菜、ぶどう、ナッツを輸出していた」

 ナツィオス氏は、アフガニスタンが経済を回復させる奮闘で示している大きな力は、一つには国民が本来もっている企業家精神によると述べた。
(バーバラ・シェートツァウ from VOA News 2002年12月12日)

 訳しておいて言うのもあれですが、USAIDの宣伝的な感じはします(笑)。
 しかし出ている数字は根拠があるものでしょうから、経済が回復してきているらしいのは喜ばしいこと。

(HN "533" from 軍事板)

 【質問】
 世界各国はアフ【ガ】ーニスタンにどんな復興支援をしているのか?

 【回答】
 ケシ撲滅から動物園へのライオン寄贈まで,各国とも独自色を出し,競いあっているという.
 ただ,拠出金が遅れがちなことに,アフ【ガ】ーン政府は不満を漏らしているという.
 以下引用.

 昨年1月21,22日のアフガン復興支援会議などで表明された拠出金額は,世界銀行などの融資を含め計約56億ドル(約6700億円).一国対象の国際支援としては空前の規模だ.
 将来のイラクの「戦後復興」でモデルケースにしたい思惑もあるようで,各国とも独自色を出し,競いあっている.
 拠出国のビッグ3はイラン,日本,米国,日米は政府援助機関であるJICA,米国際開発局(USAID)を活用し,多額の資金注入を機動的に進める.
 日本は道路など公共交通ネットワークの確立を重視.米国は治安確立に国軍整備へ力を入れ,イランは国境を接する西部のヘラートを中心に援助を行う.
 英国は麻薬の原料のケシ栽培を放棄する農家への支援金を援助.インドは航空機やバスを,隣国パキスタンは食糧や生活用品などを供与した.
 中国はカブール動物園に一対のライオンなど多くの動物を寄贈し,巧みに点数を稼いだ.

 アフガン政府当局がしばしば不満を漏らすのが拠出金が十分に届かない問題だ.
 援助調整庁によると,02年の拠出実行率は約7割.日本や欧米諸国は約束通り出したが,イランやインド,サウジアラビアは遅れがちだ.

■■アフガン復興支援の主要拠出国と拠出状況■■
   国名       表明額    年数   02年の拠出実行率
 1 イラン      5.6億ドル (6年)    65%
 2 日本       5億ドル  (2.5年)   96%
 3 米国       4.4億ドル (2年)   100%
 4 英国       3.4億ドル (5年)    60%
 5 ドイツ      3.2億ドル (4年)   106%
 6 サウジアラビア 2.2億ドル(4年)    49%
 7 中国       1.5億ドル (5年)    97%
 8 スペイン     1億ドル  (5年)    31%
   パキスタン     〃    (5年)    35%
   インド        〃    (1年)    32%
   デンマーク     〃    (5年)    59%
(アフガン政府・援助調整庁の資料から.拠出額は東京会議などで表明された額の合計.
 拠出実行率は02年内に拠出すべき額に対して実際に拠出された額の割合)

野嶋剛 from 朝日新聞(大阪版)2003/1月14日朝刊


 【質問】
 NGOに対し,アフ【ガ】ーン人が不信感を抱いている原因は?

 【回答】
 NGOのデボラ・ロドリゲスによれば,
>復興支援のために巨額の金が流れこんできているはずなのに,
>まだ残骸だらけである理由がアフガニスタン人にはわからないからだ
『カブール・ビューティースクール』(デボラ・ロドリゲス Deborah Rodriguez著,早川書房,2007.7.25),p.353)
という.

 まあ,識字率が低いのでアナウンスメントが届きにくいのかもしれないが……


 【質問】
 アフ【ガ】ーンに対する援助には,どのような難しさがあるか?

 【回答】
・価値観の違いから,外国の常識が通用しないため,しばしば支援側と被支援側との間に齟齬をきたすこと.
・NGOに対する詐欺まがい行為が横行していること
などがあるという.

 例えば,所有に関する価値観の違いから,次のようなことが起こっている.

 冷蔵庫まで鍵をかける徹底した鍵主義は,一面,人間の人間に対する徹底した猜疑心を示すと共に,「所有」に対する観念の相違を示している.
 換言すれば,鍵をかけていないものは,半ば開放されていること,世の人の共有であることを認めている事でもある.
 したがって,鍵をかけてないものを盗まれたからとて,目くじらを立てて怒ってみたところで,怒るほうが笑い者になる.そんなに大事な物なら,鍵をかけておけ,ということになる.

 そのことは,鍵の生活に慣れない我々には,酷く不便なことであり,精神的ストレスの原因にもなる.
 我々は絶えず,いわゆる我々の言う「盗み」に対して警戒心を怠るわけにはいかない.
 しかし,彼らにとって,我々の言う「盗み」は必ずしも「盗み」ではない.

 私〔著者〕が初めてアフ【ガ】ーニスタンに行ったのは,1967年のことである.
 当時,カーブルに日本の海外協力事業団の技術訓練センターがあり,久下という人が所長をしていた.
 一夕,食堂でたまたま久下氏に会うと,
「この国の技術訓練は,道徳教育から始めなければならない」
と,いたく慨嘆していた.

 久下氏の言うには,こともあろうに,訓練生がセンターの器具を盗んで帰る.
 訓練性が泥棒では,訓練などできない.
 だいいち,訓練のための器具機材がすぐ底を尽いてしまうと言うのだ.
 そこで役所に出かけて,担当局長に,こんなことでは,とても訓練などできないから,局長から厳重に忠告して欲しいと頼んだ.
 ところが,あにはからんや,局長は一言,
「我が国民は貧しいのである」
と言った.
 久下氏は,
「なんたる言辞だ」
と頭にきて,
「この国の技術訓練は,道徳教育から始めなければならない」
という持論を私にぶったのである.

 その後,この日本の訓練センターは,巨額の金を投じながら,みじめな結末を迎えた.
 当時の朝日新聞は,「みじめな結末,部品に不信の声」という見出しで,総額1億8000万円を投じ,4年の指導を続けたこのセンターの結末を報じた.新聞は,「相手国の感謝どころか,逆効果となりかねない対外援助」と書き,「日本の対外援助に,いっそうの計画性と慎重さが必要だろう」と書いた.
 確かに,計画性や慎重さが重要に違いないが,これは単なる計画性や慎重さの問題ではない.根底に奥深く横たわる文化の伝統の違いを感じさせる問題である.

 農耕密集共存社会においては,略奪強盗は共存そのものを脅かし,翻って自己の生存そのものさえ危うくするが,遊牧世界においては,略奪は勇者の美徳でさえある.
 蒲生礼一氏の「イスラーム」(岩波書店,1958年)を読むと,こう書いてある.
「彼らにとっての掠奪は,やむにやまれぬ経済事情に基づくもので,必ずしも悪い習慣と考えられなかった.
 農業や商業を軽蔑する遊牧民らは,遊牧を最も尊い生業と考えました.掠奪や闘争をほむべき行為とは考えない私らと遊牧民らは,全く住む世界を異にし,したがって道徳の基準をも異にするわけです」(54ページ)

(津田元一郎「アフガニスタンとイラン」,アジア経済研究所,
1977/3/31, p.69-71)

 また,岩本悠 & ゲンキ地球(げんきだま)NET著「こうして僕らはアフガニスタンに学校をつくった」(河出書房新社,2005/9/30)には,援助において発生するトラブルの実例が幾つも出てくる.
 以下引用.

「アフガンは生やさしいところではないし,習慣も宗教も考え方も全く日本人とは違う価値観です.
 日本の感覚で計画しても,その通りには絶対にならない.
 現に,現地で活動しているNGO,国際団体は,かなり苦労して支援活動や学校建設をしています.
 不正や契約違反,水増し請求,手抜き……僕達が想像できないことが多々起こる.やりがいもあるが,リスクもかなりある」
 〔略〕
「学校建設は本当に大変だよ.他の団体も凄く苦労していて,5教室150万円くらいでできると言われて始めても,実際は資材などが高騰し,お金が足りなくなった,現地の人が働かない,賃金が安いなどと,工事が始まってから色々上乗せされる.
 結局,最終的には800万円くらいかかると言われ,途中まで作っていた学校建設を断念したところもあるんだ」

(p.107-108)

 さらに,アフガンで活動する間,グチを言いたくなるような経験もあったという.メモによると…….
 ●塀に使用するレンガのサンプルを見せられたときは,ちゃんとした焼きレンガだった.
 でも,実際には業者がコストを下げるため,焼きレンガではなく,日干しレンガを混入していた.レンガを組み立てた後,土などで盛り上げるので分からなくなるのをいいことに,誤魔化そうとした.
 ●窓枠に使用する木の品質が,サンプルを見せられたときのと違うものを使用され,数日後に木がひん曲がり,開閉できなくなったり,ドアの開閉もスムーズにはいかなくなった.
 ●工期も遅れてコストが高くなったり,地元の住民とのトラブルが絶えない.
 その結果,睡眠薬を飲まないと眠れない状態になってしまった.

 だが,そういったトラブルの結果,得たものは愚痴だけではない.
 援助活動に関わる際のポイントとして,以下の覚書を見せてくれた.
 ●現地のパートナー団体を選ぶ時は,その団体が今までにどんな仕事をしてきたのか,どんなNGOと連携してきたのか,について必ず確認する.
 ●支援活動は,現地に根付いた活動にする.
 ●モスク等に行き,必ず断りを入れ,村長さん達の同意・協力を得る.
 ●日雇い労働者は現地の人を採用する.日雇いの1日の相場は2ドル.
 ●支払いは1週間ごと,または出来高払いにする.
 ●持ち逃げや不正を防ぐため,給料は一人一人に直接手渡す.
 ●複式簿記ができる会計を必ず置く.
 ●建築のプロを必ず雇う.
 ●レンガ・セメント・木材など,資材は細かくチェックする.
 ●セメントと言っても品質はピンからキリまである.
 ●パイプ・導線も,黙って古い物を使用される可能性があるから,一つ一つ確認する.
 ●前述のような資材の品質を見極められる人を雇う.

(p.113-115)

 さらに難題が彼を襲う.彼自身も「いちばん厄介だった」と語る,土砂撤去の費用負担だ.
「校舎を立てる際にできた土砂を撤去するのに2000ドルかかると言われたことです.
 そもそも契約を交わした時に,そのような見積もりは入っていませんでした.
 もちろん,途上国との契約書なんてのは気休めでしかないってことは,国際関係の弁護士をやってる方にも言われましたが.
 そして,その土砂を撤去できないと,学校に入るための道が作れず,学校は完成できないと言われました,
 来た来た! 『後出しじゃんけん』やん!ってそのとき思いました(笑).
 ここで何も考えず2000ドルを払ったら,一生建たんやろなって思いました.
 現地の人とは粘り強く,
『撤去するためのお金を振り込むことはできない』
『最低,人が通れる道だけを確保して』『学校を建設するのみに集中してほしい.土砂のことは,学校が建った後に話そう』
と伝えました」

 他にも,机と椅子のセットを買ってほしいとか,「流学日記」のスポンサーの方の名前を刻んだ記念碑を作るのも,素材を木にするかコンクリートにするかでもめたり,色々あったと語るが,どうにか「後出しじゃんけん」にも負けずに建設までひた走る.

 ちなみに,土砂撤去費用は交渉の結果,10分の1の200ドルまで下がった.
 が,8月の国際電話料金の請求は4万円を越えていたという.

(p.128-129)

 そして彼は,「学校ができた」という確認だけでなく,「援助」についても深く考えさせられる光景に次々と遭遇する.
「アフガニスタンはどこも学校不足です.首都カブールでもそうです.
 僕らが今回協力したアメル・アムザ小学校は,男女合わせて約2000人が勉強しています.1日を3回に分けて授業を行っており,圧倒的に教室が足りないのが現実.
 校長先生や先生は,事ある毎にセカンド・フロアーを作ってほしいと言っていました.
 学校を贈って,そしてすぐ『次を作ってくれ』と言われると,驚いたというか,正直のところ辟易したのも事実です.
 そのことを羽鹿さんに話すと,
『こうやって外国人が来た時ぐらいしか,自分達の苦境を訴える機会がないんだ.その辺を汲んでやってほしい』
と言われて,そういう見方もあるんだなあと納得しました.
 まぁ,でも,その後,僕達が子供達に持っていったスーパーボールとかのオモチャを,校長先生が勝手に袋を破いて持って帰ってしまうのを見て,唖然としましたけどね」
 さらに彼は,学校見学だけでなく,難民テントでのマフラー配りなども体験する.
「アフガンは標高1800mで,冬はとても寒いんです.
 それで,どこへマフラーを配るかとなった時,一番困っている地域や寒いところではなく,一番紛争が起こらないようなところへ配るのがいい,と羽鹿さんは言うんです.50本のマフラーなら50本で大丈夫,喧嘩にならないようなところに支給する.
 これが援助の現実だと知ったときには,本当に驚きました.援助をすることで,逆に不幸を呼ぶこともあるんだと.
 しかしそれでも,実際に貰えない家庭が出てきてしまいました.
『この子のほうが小さい.この子にマフラーをくれ』
って,僕のマフラーを引っ張られ,逃げるようにして車に飛び乗ったんです」
 人を幸せにするつもりの援助が,かえって嫉妬や怒りを生じかねない.彼は初めて直面した現実に驚いたと,正直に語る.

(p.163-164)

 病院開設前のカリキュラムを行うときに,なんとこちらが彼らにお金を払わなければならなかったのだ.
 日本では普通,将来,会社で働くための能力を身につけるために,学生のほうが自分で金を払って学校へ行く.
 ところがこの国では,勉強を教わるほうが金を貰うというのだ.そうでないと教育カリキュラムに来てくれない,という.
 信じられなかったが,色々調べた結果,どうやら他の団体が行っている活動でも,本当にそうしているということが分かり,これに関しては諦めて支払うことにした.

山本敏晴著「アフガニスタンに住む彼女からあなたへ」(白水社,2004/8/10),p.128

 いずれにせよ,焦りは禁物であるという.
 以下引用.

 私の体験から言えば,アフガニスタンで何かをしようとするならば,日本での百倍の努力が必要だ.
 ひたすら亀の歩みの如く,我慢強く時間をかけねばならないのである.

2004/6/24

(松浪健四郎著「折々の人類学」,専修大学出版局,2005/4/10,p.50)

 ちなみに,同じことは長倉洋海も述べている.

 南部以外では,再建はゆったり進んでいる.
 内戦が収まるまでに実に22年かかった.同じくらいの時間が復興にかかるだろう.

長倉洋海講演会,2003/5/3,抜粋要約


 【質問】
 アフ【ガ】ーニスタンでの井戸掘り援助は,なぜ廃れたのか?

 【回答】
 アフ【ガ】ーンの社会制度を混乱させるものになったためだという.
 以下引用.

 アフガニスタン問題を見ていると,私たちがいかに無知で,いかに日本人の尺度で判断しているかがよく分かる.
 一時,アフガニスタン国民のために「井戸掘り」の援助が盛んであった.
 なるほど,水が必要だから,「井戸掘り」支援はいいと私達は考え易い.
 しかし最近では,「井戸掘り」を口にする人達は激減した.
 砂漠の国で農業をするには,昔から大小ある運河や水路の整備をしなければならない.
 これらの事業は,伝統的に住民達が互いに協力して可能だったのに,井戸から水を得て耕作する住民が出現すると,その地域は混乱した.
 求められていたのはカレーズ(地下水路)や運河の整備であった.
 「井戸掘り」は,単に飲料水だけの供給に留まり,村や町の復興にはそれほど寄与しなかったのである.
 住民にとって,農業ができる喜びこそが願いだったが,外国人はあまり理解できなかった.

2004/12/7

(松浪健四郎著「折々の人類学」,専修大学出版局,2005/4/10,p.66-67)


 【質問】
 アフ【ガ】ーニスタンでの女性の地位向上運動における問題点は何か?

 【回答】
 外国からもたらされる女性解放思想と,地元の保守性とのギャップが大き過ぎ,女性達の焼身自殺が多発する要因になっているという.
 以下引用.

――――――
 今,アフガニスタンで女性達の焼身自殺が後を断たないという.
 特に,イランに近いヘラート地方では,既に犠牲者の数が多く,大事件となっている.

 その原因はどこにあるのだろうか?
 カルザイ大統領が誕生し,国際社会がアフガニスタンを支援することとなった.
 その中に,「女性の地位向上」がある.
 日本もそのための援助をしているが,あくまでも女性の自立と教育に力を注ぐものである.

 だが,このイスラム社会に生きる女性達の中に,女性という性を超えて,社会に進出すべきと説く,外国からなどの団体もあるのだ.
 イランと国境線を接するヘラートでは,イラン並みに女性の活動は認められるべし,と考える進歩的な女性達が出現しても不自然ではあるまい.

 ところが,アフガニスタンの男社会は強固で,進歩的な女性達の活動を許さないのである.
 極めて保守的で敬虔なイスラム教国の社会にあって,女性活動家達の行動や心理は追い込まれていよう.
 失望し,追い込まれた女性達が一人二人と命を絶っていると伝えられている.

 悲しい話だが,西洋の思想,近代的な思考が通用しない現実を理解しておかないと,いくら素晴らしい提案をしても,それは悲劇を生む種となる.

2004/12/7

――――――松浪健四郎著「折々の人類学」(専修大学出版局,2005/4/10),p.67-68

▼ 依然として街に残る過激原理主義者による暴力が,横行しているのも問題である.
 たとえばNGOのデボラ・ロドリゲスは,以下のようなケースを記している.

――――――
 一番ひどいのは,外国のNGOで働くアフガニスタン女性たちがレイプされ,絞殺され,さらには道路の脇に捨てられたという事件だ.
 死体には,反逆者や売春婦はこうなるのだと書いたメモがつけられていたという.

――――――『カブール・ビューティースクール』(デボラ・ロドリゲス Deborah Rodriguez著,早川書房,2007.7.25),p.297


 【質問】
 アフ【ガ】ーンにおける教育支援において,困難な点は何か?

 【回答】
 アフ【ガ】ーン人教員が質・量,共に不足している点.

 2003年のアフ【ガ】ーン政府教育省の報告によると,現状の高校生までの生徒とイスラーム教育学校生徒に対応するには,21万人以上の教員が必要とされるが,2002年の教員数は85,000人あまり.
 そのうち,学士以上の教育を受けた教員は全体の1割にもみたず,7万人を超える教員の再教育が必要であるという.
 また,山本英里『絵本一冊が支える教育復興』(国際ボランティア協会,2005.8.2)における報告によれば,小学校に絵本や紙芝居を教材として導入する際には,教員に「絵本の使い方」「紙を大切に扱う」といった指導が必要だったという.

 教育現場にも問題が多い模様.
 来日した教育研修員に関する報告書「アフガニスタンの指導的女子教育者のための研修 総括と評価報告書」(2005年)によれば,生徒の親との連絡が密ではなく,また,従来型のアフ【ガ】ーンの教育は,教員が教室にやってきて伝達型講義を行い,生徒たちはただ座って聞いてノートをとるという形のものが主流であるという.

 特に女性教員に関しては,教員研修に際しても,研修員が学校教育を受けることが禁じられた女性たちであるため,戸惑うことが多かったと報告されている.

 詳しくは『国際人道支援におけるこころのケア アフガニスタンでの試み』(河野貴代美編著,新水社,2007.6.10),p.52, 57 & 69を参照されたし.

▼ さらに,女子教育については,これを歓迎しない考え方が守旧派にあるという.
 以下はその典型的な例.

――――――
「娘たちは学校へなんぞ行かせんぞ.
 あれは悪魔の仕業だ.
 この不信心な連中は,私たちの名誉を奪おうとしているのだ.
 学校へ行くような娘はだな,迷わされ,好奇心ばかり強くなり,ものを知り過ぎ,欲しがり,要求するようになり,ものを選ぶようになる.
 いったいどんな男が,そんな女と結婚したいものか?」

――――――『神様はアフガニスタンでは泣くばかり』(シバ・シャキブ著,現代人文社,2007.8.31),p.31


 【珍説】
「識字率の高さ=文化的」
という神話を私は信じない.
 問題はその中身である.
 私達の考える教育は,概ね都市生活向けのもので,近代的生産に適合する労働の質を提供するものである.
 例えば,自然理解を深めるはずの「科学知識」は,逆に共同体を支える宗教意識を希薄にし,人々の絆を破壊するのに役立った.
 全てはアッラーの定めとする諦念,あるいは血縁の絆に束縛されることは,新知識を得た若者には耐え難い.
 彼らは「農村の迷信と陋習」をわらい,自由な空気を求めて都市に集中する.
 しかし,焼け跡の首都カーブルはもちろん,パキスタン側の町々でも,彼らの労働を吸収するだけの容量がない.
 失業者の群れがペシャワールに溢れ,貧困とスラム化が進行した.
 17年前に比べると,事情は遥かに悪くなっているように思える.

(ペシャワール会・中村哲医師 from 「学び・未来・NGO」,
新評論,2001/4/1, p.148)

 【事実】
 第1に,上述したように,識字率の向上が求められるのは,
・それが貧困からの脱出に直結するため
・UFOレベルの妖しい政治宣伝に踊らされないようになるため
であり,文化的であるとかないとか言うのは,全くの筋違い.

 第2に,近代的生産云々を説明する「例え」としては,共同体云々は,全く何の繋がりもない.
 自分で書いていて,変だとは思わなかったのだろうか?

 第3に,教育は宗教意識を希薄にするという説は,根拠に乏しい.
 むしろ逆に,宗教意識を高める場合もある.アル=カーイダのメンバーには,欧米への留学生が多く名を連ねている.
 また,一般のイスラーム教徒は,「周りがイスラームだから,僕もなんとなくイスラーム」という場合が多く,元来から宗教意識が高いとは言えない.イスラーム研究家,小滝透は,このようなネオ・スーフィズム的傾向は,これからも一層強まるだろうと予測している.
 さらにまた,以下の表からも分かるように,周辺地域はパキスタンを除いて識字率が高い.
 このことからも,教育と宗教意識とが反比例するものでないことが明確に分かる.まさかイランを「宗教意識希薄」呼ばわりはすまいね?

国名 タジキスタン ウズベキスタン トルクメニスタン イラン パキスタン アフガニスタン
識字率・女性(%) 98.9 99.6 96.6 70.0 27.8 20.8
識字率・男性(%) 99.6 99.8 99.8 83.7 57.6 51.0

(「アフガニスタン地図&データBOOK」,アートブック本の森,2001/11/30)

 教育と宗教意識に相関があるというのは,以上から見て大いに疑問.
 だいたい,教育が共同体を破壊して貧困を促すというのなら,明治日本は江戸時代より貧困であり,江戸期日本はそれ以前よりも貧困であるという事になるはずだが…….

 第4に,ペシャワールの,というよりパキスタンの貧困の進行は,
・過大な軍事費を費やして,核開発その他を行っていること
・核開発による,つい最近までの経済制裁
が主原因である.
 その結果,パキスタンは軍事費と対外債務の負担に喘いでおり,軍人の数と医者の数の比率は,9対1という異常なものになっている(浅井信雄「アジア情勢を読む地図」,新潮文庫,2001/12/1,P.251-252)という.

▼ 田中香(民間開発コンサルタント会社社員)によれば,中村医師の指摘とは逆に,女性の識字率の低さは,むしろ貧困の悪循環を生み出すという.
 以下引用.

――――――
 寡婦たちは,教育を受けることができなかったために,タリバーン政権が崩壊し外で働くことが可能になった後も,あらゆる機会にアクセスすることができず,よい職業に就くこともできないままで,貧困生活を送らざるを得ない.
 したがって,寡婦の世帯は総じて極貧であるため,その子供も労働をせざるを得ず,就学せずに子供の頃から路上で物を売ることになる.
 こうして,貧困の次世代への再生産のプロセスが作られていくことになるのである.
 教育の機会を奪われた女性は,機会を奪われたばかりか,貧困の悪循環に嵌り込んでしまう.
 そして,そうした世代が,次世代の貧困を生み出すのである.

――――――『国際人道支援におけるこころのケア アフガニスタンでの試み』(河野貴代美編著,新水社,2007.6.10),p.19

 さらに識字率の低さは,田中によれば行政にも支障を来たしているという.
 以下引用.

――――――
 アフガニスタンは非識字者が世界でも一番多いといわれており,約700万人が非識字者だと言われている.
 警察や軍でも,幹部採用ではないスタッフの多くは非識字であり,内務省や防衛省が独自で識字教室を実施しなければならないほどである.
 防衛省では,独自に開発した識字副教材があるが,題材が戦車・飛行機・銃器などであったのには,違和感がああった.
(確かに成人識字は,生活に密着した題材を使って学ぶことで,受講者の興味が深まると共に,成果も出やすいといわれているので,その意味では正に「密着」しているのだろうが).
 なお,行政機関で働く下働きスタッフ(料理人,掃除婦/夫など)のほとんどは非識字であり,多くの省庁でこうした人材を対象とした識字教室を,識字局と協力して実施している.

――――――『国際人道支援におけるこころのケア アフガニスタンでの試み』(河野貴代美編著,新水社,2007.6.10),p.22

 中村医師におかれましては,マイナーな出版物や,自分の講演会だけでぶつぶつ文句を言うのではなく,復興支援会議に乗り込んで,
「識字率向上運動ハンターイ!」
と叫んでもらいたいものである.
 もしくは,TVやラジオのインタビューを受けたときに,堂々と
「アフガーン人は文盲のままで構わない!」
と主張してもらいたいものである.

 ちなみに,この中村の主張も,小学校に放火する教育妨害テロを繰り広げているタリバーン残党の行動を弁護するかのようなものになっているが,これは本当に単なる偶然の一致だろうか?

 とりあえず,教育反対!なんて言ってる奴は,以下の言葉を百回,口に出して読め.

「7年連続でアフガニスタンの格闘技チャンピオンになっているウスタッド・サヒーという友人と話をしていたときのことでした.
 彼はいつも冗談ばかり言っている陽気な人間なんですが,あるとき真剣になって,自分が子供の頃の話をしてくれたんです.
『自分が子供の頃から,アフガニスタンはずっと戦争をやってきた.子供の頃から戦うこと,人を殺すことしか学ばなかった.
 ハジカ〔羽鹿〕さん,あなたは子供の頃から戦うこと,戦争をすること,相手を殺すことしか学ばなかった辛さ,苦しさが分かるか? そんな時代に子供を育てなければならなかった親の悲しみが分かるか?』」
 彼はそれを聞いて,そのときのウスタッド・サヒーの哀しい目を見て,「言葉を失った」という.
 さらにサヒーは彼に語り続けた.
「外で遊ぶことさえできずに,家の片隅で怯えて暮らす子供達,
 友人や親戚が死んだというニュースが飛び込んできて,涙に明け暮れる毎日.
 未来への希望を持つこともできずに,ただただその日一日を生き延びることで精一杯.
 どんどん心がすさんで,友達とも喧嘩ばかり繰り返している.
 力が全ての時代,そんな時代を俺達は生きてきたんだ」
 戦争の悲惨さを映像でしか知らない羽鹿さんは,彼の言葉をただ頷いて聞くことしかできなかった.
「だから今でも俺達の世代は,何か問題があると力で解決しようとする.
 だからアフガニスタンでは20年以上も戦争が止まらなかったんだ.
 でもやっと今,アフガニスタンに平和がやってきた.
 だから今こそ子供達には,戦うことや人を殺すことではなくて,平和について学んでほしいんだ.
 アフガニスタンが平和になるために必要なのは,外国の軍隊じゃない.
 選挙で選ばれた政府や武装解除も大切だが,それ以上に大切なことがある.それは一人一人が自分の心に平和を実現することだ.
 殆どのアフガン人が戦争中,自分の家族や親戚,知り合いを殺され,その憎しみを心に抱いている.
 でもその憎しみを乗り越えて,一人一人が心に平和を実現することでしか,平和なアフガニスタンは実現できないんだ.
 そんな平和なアフガニスタンを,子供達に残していきたいんだ.
 あなた達もアフガニスタンへ支援に来たのであれば,子供達が平和について学べるように,力で問題を解決するのではなく,話し合いで解決することを学べる学校を作ってほしい」

(岩本悠 & ゲンキ地球(げんきだま)NET著「こうして僕らはアフガニスタンに学校をつくった」
河出書房新社,2005/9/30,p.168-170)

 無学文盲、理非の理の字も知らず、身に覚えたる芸は飲食と寝ると起きるとのみ。
 その無学のくせに慾は深く、目の前に人を欺きて巧みに政府の法をのがれ、国法の何物たるを知らず。
 己が職分の何物たるを知らず。
 子をばよく生めども其の子を教えるの道を知らず。
 いわゆる恥も法も知らざる馬鹿者にて、その子孫繁栄すれば、この国の益は為さずして却って害を為す者なきに非ず.

(福沢諭吉著「学問のすすめ」)


 【質問】
 教育を受けていないと,アフ【ガ】ーンでは具体的にはどのような不利益があるのか?

 【回答】
 NGOからアフ【ガ】ーンに派遣された産婦人科医,梶原容子の見聞によれば,
第1に,アフ【ガ】ーニスタンは多民族国家であるため,学校へ行って公用語を学んでおかないと,隣人なのに言葉が通じないということが珍しくないという.

 第2に,読み書きができないと世界が異常に狭くなるため,日本であれば常識といえるような,ちょっとした知識が大人に欠落するという.
 たとえばアフ【ガ】ーンの子供は,栄養失調で発育が遅れていることが多いが,これは厳しい食糧事情もあるが,一つには野菜を食べないとビタミン不足になるとか,葉野菜ばかりではたんぱく質が不足する等といった知識が大人にないせいでもあるという.

 第3に,危険に対処する能力が低くなる模様.
 一般常識や判断力が期待できなくなるので,怪我などをしても自分が今どういう状態にあるか分からず,パニック状態に陥るケースもあるという.

 詳しくは『アフガニスタン母子診療所』(梶原容子著,白水社,2008.10.20),p.31-32, 42-43, 106を参照されたし.

 また,クルアーン(コーラン)をただ暗記させるだけという原理主義的マドラサ教育では,上記のような問題点は全く解決されないといっていいだろう.


 【質問】
 ペシャワール会の中村哲医師は,大手国際機関がスタッフを高給で引き抜くことを非難しているが?

 【回答】
 スタッフの引き抜きは,給料の格差から頻繁に起こる.
 しかし,これをもって,
「大型国際機関は給料を払い過ぎだ」
と一概に非難はできない.
 発展途上国の現地スタッフの給料を考えるときには2つの考え方があるからだ.
・現地の物価などを考慮し,妥当な給料を与えたほうがいい.無闇に高給を払うと,それが元でインフレが起こり,貧しい人達が困るからだ.
という考え方と,
・欧米人も現地人も同じ人なのだから,欧米並みの給料を与えるべきだ.
という考え方がそれである.

 詳しくは,山本敏晴著「アフガニスタンに住む彼女からあなたへ」(白水社,2004/8/10),p.109-111を参照されたし.
 なお,山本自身は前者の考え方を支持している.


◆◆地雷関連


 【質問】
 アフ【ガ】ーニスタンにはなぜ大量の対人地雷があるのか?

 【回答】
 ソ連軍が大量に空中撒布したことが,最も大きい理由のようだ.
 以下引用.

 この侵攻〔ソ連軍侵攻〕で戦闘が激化,全土の村の半数が破壊されたが,同時に,ソ連軍や親ソの政府軍により,大量の地雷が空中から撒布されたり,埋設されたりしたのである.
 特に,村村を拠点に活動するゲリラ勢力(ムジャヒディン)を狙い,空中撒布されたのが,悪名高い蝶々型の地雷.PEM1だ.
 当時,文字通り地表が覆われるほどの量であったという.

 89年のソ連軍撤退後も内戦は続き,紛争に関わるあらゆる勢力が地雷を使用した.

 その結果,これまでに少なくとも50種類の地雷の存在が確認されており(旧ソ連製のほか,ベルギー製,中国製,旧チェコスロバキア製,イラン製,イタリア製,パキスタン製,シンガポール製,イギリス製,旧ユーゴ製,ジンバブエ製),アフガニスタンは世界有数の地雷埋設国となったのである.

〔略〕

 さらに,アフガン各地で行われた米空軍の空爆の結果,残される不発弾の影響も計り知れない(爆発物投下時の高度,速度,気象条件,さらには製造過程で発生する不良品もあり,平均5〜10%の割合で不発弾が生じるといわれている).

(葉祥明絵/柳瀬房子文「心をこめて地雷ではなく花をください」
自由国民社,2002/5/10,p.42)


 【質問】
 アフ【ガ】ーニスタンにはどれだけ地雷が残っているのか?

 【回答】
 724平方kmに及ぶという.
 以下引用.

 国連によると29州の内,27州に地雷原があると言われ,ICBL(地雷禁止国際キャンペーン)の調べでは,分かっているだけで地雷汚染地域の広さは724平方km.
 この内,344平方kmが住民の生活に直接影響のある地域であり,重点除去地域とされている.
 地雷原の多くは農地・放牧地・道路・居住地・用水路などに位置し,再建・復興の大きな障害となっていた.
 〔略〕
 死者も含めた地雷被害者数は不明だが,アフガニスタンには約10万人の地雷による障害者がいると言われ,93年のある調査によれば,1日20〜24人(毎時1人),年間8000人が地雷や不発弾により死傷している.

(葉祥明絵/柳瀬房子文「心をこめて地雷ではなく花をください」
自由国民社,2002/5/10,p.42)

 しかし,本当の数が分からないのが地雷問題の特徴であり,現在では地雷の被害を数ではなく,その社会的・経済的影響から計るのが一般的です.

(同,p.14)


 【質問】
 アフ【ガ】ーニスタンにおける地雷撤去の速度は?

 【回答】
 地雷撤去には「地雷犬」を使い,地雷一つを探すのに数時間を費やすが,この国には約1000万個の地雷が埋められているという.
 対人地雷は人間の体重を感じて爆発するため,体重が軽く,嗅覚の鋭い地雷犬を用いて撤去作業が行われる.
 犬が1日を費やして嗅ぎ回ることのできるのは,数平方m四方だと,地雷撤去班は説明した.

(山根聡「アフガニスタン史」,河出書房新社,2002/10/30, p.158-159,抜粋要約)


 【質問】
 失業者が多い状況下で,なぜ地雷撤去に機械力を投入する必要があるのか? その分,雇用を奪うことになるのではないか?

 【回答】
 危険回避に繋がるからだという.
 以下引用.

 機械化という場合に2つの側面があり,一つは対人地雷除去そのもの,2つはその探知である.
 地雷除去は細心の注意を払っても危険が伴う.
 機械で地中の地雷を探知できれば,ずいぶんと危険が回避できるし,また,小川や灌漑水路など水中の地雷除去や,市街地の泥やレンガの建物が崩壊した場所では,人力では途方もなく時間がかかり,危険でもある事を理解した.

 何よりもアフガン全体の雰囲気が変わった.
 赴任した当時は,およそ現代の最先端技術とは無縁に思われたが,携帯電話やEメール,さらにはデジタル・カメラなどがあっという間に珍しくはなくなった.
 世界最先端を行く地雷除去機が出現しても,誰ももはや贅沢だとは言わないであろう.

駒野欽一著「私のアフガニスタン 駐アフガン日本大使の復興支援奮闘記」
(明石書店,2005/8/18),p.155


 【質問】
 ペシャワール会・中村医師によれば,井戸掘りの際,大岩を破砕するために元ムジャヒッディーンが不発地雷の爆薬を使用したりするそうだが,危険はないのか?

 【回答】
 大変危険です.絶対に真似しないでください.

「彼ら〔ムジャヒッディーン〕は,〔待ち伏せ攻撃に使うため,〕回収した地雷のケースに可塑爆薬を詰め,不発弾やまだ使える地雷,実弾,RPGの弾頭などを一緒に縛りつけ,約20個の爆発物を完成させた.
 この作業の間,彼らは身の安全を一切気にかけていなかった.
 私のほうは,安全な距離まで引き下がった.手製の爆発物というやつは,一番爆発してほしくないときに爆発するという,困った癖があるからだ」

(Gaz Hunter 「SAS特殊任務」,並木書房,2000/11/1, p.142)


◆◆日本の援助


 【質問】
 日本によるアフ【ガ】ーン復興支援の現状は?

 【回答】
 好評であるが,なお問題も残るという.
 以下,抜粋要約.

 復興初期において約束分の援助金を100%拠出したことは高く評価されている.

 また,カーブルやカンダハールでの地区復興,公共交通再建,学校の復旧・建設において,現地でのニーズに即した支援に対する,アフ【ガ】ーン側での反応は,当然ながら良好である.JICAによって補修されたアフシャール女子高校(カーブル)は,崩壊途上にあった頃とは見違えるほど立派な外観となった.

 従来から行ってきた地雷対策も推進されている他,新しい試みとして,治安維持を目的とする文民警察に対する車両及び無線機材の提供が,注目に値する.

 一方,2003年1月の東京援助復興支援会議では,ドナーの間で援助調整が一つの課題となったが,開催国として日本に寄せられた期待に応えることはできなかった.

 G8の枠組みにおける治安分野支援としてDDRを担当する過程において,日本の方針が明確になっていなかったことも,誤算を生じた.
 プログラム策定と武装兵力実情把握のために時間が費やされ,また,アフ【ガ】ーン側の政治状況もなかなか熟さなかったことから,立ち上げが一層遅れることとなり,憲法制定のためのロヤ・ジルガ開催を含めた憲法制定作業にとって否定的な状況が色濃く残ってしまったことによる失点は,隠しようがない.

 幹線道路復旧事業においては,必ずしも日本が主体性を発揮して現在の工事担当区を選定したわけではなく,むしろ治安状況に大きな疑問が残る地域を,他のドナーとの調整によって割り当てられることとなった点を看過できない.
 このような手続きによって案件選定を行う状況が,今後とも続くようであれば,治安確保上,日本の能力が及ばない地域での復興支援に一層駆り出されることも排除し得ず,「万が一」の事態発生の際に大きな痛手を蒙るばかりか,アフ【ガ】ーニスタンに対する日本の支援全体に足枷となる危険性を孕んでいる.

 テレビ放送局再建の緊急性については,疑問が残るところである.
 また,日本が独自に導入を進めているハイビジョン方式に対応した機材提供への固執は,今後のメンテナンスや部品調達コストを考えた場合,どこまで相手側の需要と実情に合わせた支援と言えるのか,疑問に感じる.

 日本の対アフ【ガ】ーニスタン復興支援の前線では,2002年春以来,川口外相と緒方総理特別代表が並立する格好になっており,個人ブランドによるプログラムの取扱いと相俟って,受け手の側での混乱を生じている.

(田中浩一郎 from 「アフガニスタン――再建と復興への挑戦――」,
日本経済評論社,2004/3/5, p.191-194)

 地味なところでは,植林事業の援助も日本は行っているという.
 以下引用.

 さて,アフガニスタンの首都カブールの街は,あちこち「日の丸」だらけ.
 日本政府は街作りの手始めに,カブール中に街路樹を贈った.その贈呈国を示す「日の丸」が目につくのである.

 20数年の戦乱で,人々は街路樹を切って薪にしたり,材木として使用してしまったのだ.
 かつては緑の美しいオアシスであったカブール市,悲しいかな泥色だけの街へと転じてしまったのである.

 日本政府は雇用を兼ねて,市内に木を植えまくった.
 この援助で,数年後には緑のオアシスを取り戻すに違いない.
 木の種類は,アフガニスタン独特のスズカケノキや桑が選ばれ,景観形成を十分に検討した上での植樹であった.

 〔略〕

 アフガニスタンには「樹を植えよ!」という古くからの教えがある.
 皆が協力して運河を掘り,水を引けば,樹を植えることができる.農業ができる,人が住める…….
 協力こそ大切という教えである.

 2004/9/10

(松浪健四郎著「折々の人類学」,専修大学出版局,2005/4/10,p.19-21)

 なお,2003年に実施見通しの日本の主な復興支援は以下の通り.

・カブール〜カンダハル道路補修(60億円)
・カブールテレビ局機材整備(23.5億円)
・カンダハル〜スピンボルダック道路整備(18億円)
・カブール空港整備(金額未定)
地域総合開発支援=カンダハル,ジャララバードなどの地方でインフラ整備,医療,住宅,地雷除去などの支援(50億円)
・カンダハル市内道路(5千万円)
・カブール,カンダハルでの学校,病院の修復
(一部は実施開始)

野嶋剛 from 朝日新聞(大阪版)2003/1月14日朝刊


 【質問】
 日本による復興支援の,実際の方針は?

 【回答】
 「重複貢献」になるよう工夫したという.
 以下引用.

 私はまず,日本が何でもかんでも支援できるわけではないことを明確にした上で,金額的にはかさばらない政治プロセスへの支援を除けば,あとはDDR,緒方イニシアティヴおよびインフラの要である道路分野に支援を集中すべきとした.
 これら3分野に限っても,奥行きは深く,広がりも大きい.
 したがって,個別の援助案件が,これら3つの分野が目差す過大に重複して貢献するよう工夫することが重要である.

 例を挙げれば対人地雷除去である.単なる地雷除去に終わらせないで,DDされた元兵士の職場として地雷除去は結構魅力があるようなので,積極的に彼らを雇用していくべきであるし,また,道路工事の前には地雷除去が不可欠であるので,これらを一体として進めていく.
 こうした連携を図っていくことで,日本の支援の印象も深まる.
 カンダハールやマザリシャリフでの緒方イニシアティヴの例で説明したが,日本の資金で実施される,世界銀行やアジア開発銀行,国際機関の事業も,3つの分野が目指す課題を念頭に実施してもらう.
 各々の機関が実施する道路修復,学校・保健所の建設・修復,職業訓練,住宅・水整備などの事業は,日本が直接実施する事業と共に連携して進めることで,個別事業の相乗効果が期待できるし,また日本の顔も見えてくる.
 日の丸を見せるだけでは,あまりに能がなさ過ぎる.

草の根無償資金協力にも実施の指針


 日本の援助形態の一つに,草の根無償資金協力というのがある.
 今,名前が変わって,平和構築・人間の安全保障無償資金協力となった.
 1件当たり一応1000万円を上限とし,現地のNGOと地方の行政機関までを支援対象とするが,アフガンではこの額は決して小さくはない.
 この援助形態のありがたいところは,現地大使館に相当の権限が与えられていて,比較的早く決定し,実施に移せることである.

 これについても,私は実施の方針を決めた.

 一つは,上に述べた3つの戦略的プログラム(DDR,緒方イニシアティヴ,道路)をスムースに実施するためには,僅かな資金であっても直ちに使えれば大変助かることがある.逆に言えば,金額は僅かであっても手続きに相当時間がかかる事は,行政の常である.そんな場合に使う.

 2つは,大型援助案件の実施に際して,常に懸念されるのが邦人関係者の安全対策である.
 特に,カブール・カンダハール道路修復計画は,周辺地域にタレバンが影響力を持ち,活動している.
 色々な安全対策を講じているが,その一つが,道路が通過する地域の村落に対して小規模な支援を行い,住民を味方につけることである.
 村の評議会メンバーと対話をして,村としてなにがひつようか聞いた上で,農道整備やら学校建設,井戸掘りなど支援すれば,いざというときには住民がしっかりと助けてくれる.

 3つは,最も困っている人達を助けることである.
 特に,女性の所得機会創出などは重要である.
 例えば,女性による女性のための常設バザールや石鹸工場の建設等を支援した.

 最後は,大使館の人脈造りに役立てることである.
 大使館の仕事の成否は,どこまで現地に溶け込めるか,言い替えれば,どれだけ人脈を築けるかにあると言っても過言ではない.
 お蔭様で,門前に市をなすと言ったら些かオーバーであるが,それこそ多くのアフガン人が,私や大使館員に会いに来て,その内全部とまでは言わないが,かなりが援助目当てであったことも確かであろう.

駒野欽一著「私のアフガニスタン 駐アフガン日本大使の復興支援奮闘記」
(明石書店,2005/8/18),p.167-169


 【質問】
 日本米の援助はなぜアフ【ガ】ーニスタンでは喜ばれないのか?

 【回答】
 アフ【ガ】ーンの食生活に合っていないためだという.
 以下引用.

 1970年代後半,日本政府は豊作続きで米余り,そこで発展途上国へ無償援助した.
 喜んだ国もあっただろうが,私の住んでいたアフガニスタン政府は喜ばなかった.というのは,米を手で食べる習慣の国民は,手に米が粘りついたのでは困るからだ.
 彼らは手で食物の質を楽しみ,口に入れて味を味わう食生活をする.つまり日本米は失格なのである.
 それで,援助米は家畜の餌となる.
 時にバザールへ横流しされた安価な米を,私達日本人が買い込む有り様だった.

(松浪健四郎著「折々の人類学」,専修大学出版局,2005/4/10,p.181)

 日本でのタイ米の不評ぶりに似たようなものか.


 【質問】
 「エアー・サーブ」とは?

 【回答】
 日本のアフ【ガ】ーニスタン復興を航空輸送面で支えたNGO.
 その業務に携わった深井克純によれば,日本からの調査団・専門家のアフ【ガ】ーニスタン入国が飛躍的に増加したことに伴い,空路輸送がネックになっていたが,地元の小さな航空会社と話をつけ,同社の小型ジェット機をチャーターするようにしたものらしい.
 同氏は,

[quote]

 日本は,いかに良質な援助活動を展開しても,点と点,人と人を結びつける輸送体系を持たないので,外国任せになる.
 そろそろ日本にもエアー・サーブのようなNGO,NPOが生まれてもいい.

[/quote]
―――深井克純著『「山国の夢」に夢見て』(郷土出版社,2007/3/5),p.103

と提言している.
 まあ,どんな事業展開においても,ロジスティクス確保は基本だが.

 詳しくは上掲書,p.99-106を参照されたし.


◆◆農業関連


 【質問】
 農業復興の現状はどうか?

 【回答】
 2004/9/3現在,国際機関を中心に行われている農業復興支援事業を見ると,少しずつ軌道に乗ってきた.

 国全体で見ると,主食の小麦の増産が目立つ.現地の土壌に適した品種の導入などで,前年より単位当たり収穫量は3-5割も増えた.
 タマネギ,ジャガイモ,トマト,ニンジン,オクラなど,自家消費用の野菜栽培も広がってきた.
 牧草地の状態が改善され,牛と山羊の飼育頭数は1999年の旱魃以前に近づきつつあるという.

 現在のカルザイ政権は,農業を「アフガーンの基幹産業」と位置付けており,農村の復興・育成には事の他,力を注いでいる.
 こうした中,首都カーブルの北東100kmにあるカピサ州では今,複数の国際機関が連携し,鶏肉・野菜などの農畜産物の生産から流通,消費に至るまで,一貫した仕組み作りに取り組んでいる.
 国産食糧農業機関(FAO)が種子供給,灌漑施設整備,農民への技術訓練など,「生産」体制作りを担当.
 それを受けた国連開発計画(UNDP)などが,生産物を地域の市場や店舗に送り出し,消費者の手に無駄なく渡るよう,流通部門を整備,農村コミュニティの自立を促す.

 カピサ州での順調な滑り出しを契機に,東部のナンガルハル,北部のファールヤープ,南部のカンダハルの各州などで,同様の事業が広まりつつある.

(遠藤保雄,FAO日本事務所長,from 読売新聞,2004/9/3,抜粋要約)


 【珍説】
中村哲 一番はですね,地域の英語も通じないような人達の意見をよく聞いて,そして彼らの望むことをまず実現する.それは端的に,平和な農村生活ができて,家族が一緒におれて,あまり金もなくても生活ができるという状態を,まあ,抽象的ですが保証するということが大事だと思います.
井上ひさし 遊牧と農耕,それで何とかなりますか?
中村 というか,なんとかしてきたんですね.なんとかしてきたなら,何とかしてきたことを続けられるようにしてあげるのが,一番いいんじゃないかと思います.
 それが,そこに民主主義だのなんだの入ってくると,かえってややこしくなってしまう.
 教育援助なんていうけれども,日本も教育で変わって農村が分解してしまったわけですね.何か,「百姓」という言葉が差別語みたいにして,軽蔑するように言われてたりして,「なんだこのヒャクショー」というような言い方が流行ったりして.
 それで結局,今,お医者さんになる数のほうが,農民になる数よりも多いという異常な社会になってしまったんですよ.
 そんなふうにすると,アフガニスタンは潰れてしまいますね.
 だから,私達が考えている復興だとか,援助だとかいうのは,どうしても,そういう,日本が踏んできた道を,そのまま結果的に押し付けることになりうるわけで,もうちょっと向こうの立場に立った,その人にとって何が幸せなのかというのを考えてみる必要があると感じますね.

(「ほんとうのアフガニスタン」,p.177)

 【事実】
 第1に,「遊牧と農耕,それで何とかしてきた」は明らかな間違い.
 対ソ戦以前の戦乱がなかった時代でも,農耕や遊牧だけで生活していくのは困難だった.そのため,出稼ぎ労働者などとして外国へ働きに出るのが当たり前だった.
 第2に,現在,医者を志望しているアフ【ガ】ーンの子供の動機は,必ずしも農村に対する軽蔑とは言えない.
 第3に,なによりアフ【ガ】ーン人自身が教育を熱望している.
 中村医師には農村=牧歌的という先入観があるようだが,これはアフ【ガ】ーニスタンには全く当て嵌まらない.

 例えば人類学者の大野盛雄は,「アフガニスタンの農村から」(岩波新書)において,

「自作農階級でさえ,農業に従事してパンを食べていくことが難しい状況にあるのに,まして一片の耕地すら持たない,村の半数を占める階級にとっては,そうした用意すらない.生活を支えていく事は一段と厳しい状態にあると言ってよいだろう」

「農村のかなりの者が半失業という,半失業人口のたまりを農村が形成していると言ってよいだろう」

(P.151)

と述べている.

 それどころか,同じく人類学者の岩村忍は,家畜は村全体で痩せ鶏1羽のみという極貧の村を紹介している.
 バンディ・トルキスタンのマイマナの南東20kmほどの荒涼たる山中にあるムルチャガールの,モゴール族の集落の例.

 釜の底のような恐ろしく暑い荒れ果てた地で,飲料水さえ驢馬で20kmもある所から運んでくる始末だ.
 昼食に痩せた鶏を1羽食べたが,それが200戸もあるムルチャガールにあった唯一の鶏だと聞いてびっくりした.
 主食は大豆と豆の粉を石の上で焼いたもので,酸乳に水を割ったものを飲んでいる.砂糖は勿論,茶さえない.
 私が見た社会の中で,最も貧しい社会であった.

(岩村忍編「アサヒ写真ブック12 アフガニスタン」,朝日新聞社,1955/1/15, p.30)

 ハザラジャート地方の例.

 ハザラジャート地方は言い表しようもないほど荒涼とした広漠な土地である.茶褐色の禿山が海の波のように果てしなく続き,その間に狭い谷が通っている.
 〔略〕
 ハザラ族もまた極めて貧乏である.
 常食は麦と豆の粉のナン(パン)と酸乳だけである.米などはとうてい彼らの口に入らない.砂糖は勿論,茶さえない.
 しかし水だけは,トルキスタンと違って冷たい,綺麗な水が山腹の泉から流れ出ている.

(同,p.52)

 また例えば,長年アフ【ガ】ーニスタンについての映画を撮り続けている映画監督モフセン・マフマルバフは,著書の中で,次のように述べる.

「国土の75%が山岳地帯で,農業開発に適した土地は僅か7%だけ,いかなる種類の工業もないアフガニスタンは,唯一の安定した経済・自然の可能性が牧草地であるという理由で(これも,旱魃のない年であればだが),牧畜システムに依存している.この牧畜が部族主義を作り出す基盤であり,そしてこの部族主義が深い内部対立を生み出す根なのだ」

「アフガン人は1986年から1989年の間,2200万頭の羊を飼っていた.つまり一人につき約1頭の羊であり,これが牧畜の国の民の最も基本的な財産である.
 では,この家畜がいなければ?
 今日のアフガニスタンの根本的な悲劇は貧困であり,経済問題の解決以外にアフガニスタンのための抜本的な解決策はない」

(「アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ」)

 以下に,規模別土地所有の割合を示す.0.4ha以下の零細農家が半数近いことが分かるだろう.

規模別土地所有
規模(jerib,
1 jerib = 0.2 ha)
所有世帯(人) 比率(%)
2以下 258,000 41.7
3 - 20 265,000 42.9
21 - 30 32,000 5.2
31 - 50 25,000 4.3
51 - 100 23,000 3.7
101 - 500 14,000 2.3
500 - 1,000 0.2
618,000 100.0
(注)
 1. Department of Statistics, Ministry of Panning 1970 : 28による
 2. 比率は,原本が正確さを欠いているので修正した.

(from 「アジアにおけるイスラーム法の移植」,成文堂,1997/4/18, p.267)

 アフ【ガ】ーニスタンにおいて比較的豊かだったのは,農村部ではパシュトゥン遊牧民だけだったようだ.

「理想的なカラクル羊皮を獲るため,春に生れ落ちた雄の子は,すぐにその場で殺される.
 このカラクル羊皮は,アフ【ガ】ーニスタン国内で広く用いられるばかりでなく,重要な輸出品ともなっている.
 この羊皮は,考えられないほどの高値で取引される.1枚が邦貨1万円以上のものも希ではない.
 シワ高原に夏の牧地を持つパシュトゥン遊牧民は,全て,生まれてきた雄のカラクルの子羊の毛皮を売って得た現金収入で,彼らの周年の生活費を賄っているのである.手元に現金が残れば,冬村の近くでの土地の購入や,通過する町や村での金貸しに用いられるという」

(松井健 from 「篠山紀信シルクロード」第5巻,集英社,'81)

 その彼らにしても,

「冬の天候不順による畜群への打撃は,遊牧民を一挙に漂泊的な労働者ラウガールに没落させてしまうだけではなく,その地方一帯に大きな混乱をもたらすことになる.
 このようなときには,豊かな遊牧民のみが大土地所有者として,金融業社として,命脈を保つことができる」

(同)

という.

 つまり,アフ【ガ】ーニスタンが,仮に中村医師が主張するような「昔風の国家経営を続け」るとすると,永遠に貧困と内部対立とが続き,政情不安がずっと続くという状況が続くことになる.
 こんな状態を歓迎できるのは,「アフ【ガ】ーニスタンの不安定は,我が国の国益である」と諜報機関高官自ら公言するパキスタンのみだろう.
 中村医師の有名な言葉に,「まず生きておれ」があるが,農村国家であり続けることを願うということは,そのスローガンと矛盾することにならないのだろうか?

 ユネスコ専門家としてアフ【ガ】ーニスタンに在住した経験を持つ津田元一郎は,次のように書いている.

――――――
 神経痛で腫れ上がって動かなくなった手を見て,私は初め神経痛の薬を与えた.
 確かにそれは一時的に効果があった.
『手が動くようになった』
と,ワキール〔著者の家の家事使用人〕は,幾度も握ったり開いたりしてみせた.
 しかし,やがてそれを聞き知って,『ここが痛い』,『あそこが痛い』という者が続々と現れ,遂に私はお手上げになった.
 誰も彼もが,一見元気そうに見えて,体のどこかに何か故障を持っている.
 そしてそれは,一時的な薬の投与では,どうにもならない性質のものなのだ.
 ワキールの神経痛もぶり返した.
 私にはどうにもならなかった.
 やがて私は,病魔は生活の貧困の中に根深く巣食っているのだから,生活の根本的改善がなければどうにもならないことを悟った.
 そしてそれは,悟りというにはあまりにも悲しい絶望だった.

――――――『アフガニスタンとイラン』(アジア経済研究所,1977/3/31), p.52

 以下は,ペシャワール会の会報にも寄稿している,甲斐大策の証言.

――――――
 彼等〔クチィ=遊牧民〕は老若男女,ほとんど全員が眼を病み,老人達はリュウマチと喘息に苦しんでいた.
 今にも絶え入りそうなほどに恥じらい下うつ向いたまま〔原文ママ〕顔を覆っていた頭衣を少しづつ開いた中から現れた娘の目は,埃の積もった長いまつ毛の下で,血のように赤かった.
 その瞳に目薬をさしてやりながら私は,その顔立の強くまた甘い美しさに呆然と見とれていたものである.
 同行したアフガン人は,クチィ達が性病もちだから,と彼等の持物に何ひとつ手を触れなかった.

――――――甲斐大策著『神・泥・人』(石風社,1992.2.20),p.14

 ペシャワール会のような対症療法では,限界があるのは明らかと言えよう.

 第2に,「今,お医者さんになる数のほうが,農民になる数よりも多い」日本の状況が,果たして「異常」であるかどうかの考察はさておくとして,現在,医者を志望しているアフ【ガ】ーンの子供の動機は,必ずしも農村に対する軽蔑とは言えない.
 例えば長倉洋海は,福岡市・現代アジア美術館における講演会('02年5/4)でおおよそ次のように述べている.
「〔スライド写真を示し,〕カブールのレストランで営業時間終了後、ただで食事させてもらっている貧しい子供達。アフガンには、このように周りから助けてもらって生き延びた子供が大勢いる。
 医者になりたいという子供が多いのも、周りには医者がいない、だから 自分が医者になって助けたいというのが動機。それは、その子供も誰かから助けてもらったことがあるから」
 「医者=金儲け」と決めつける中村医師の方こそ,偏見に囚われているのではないだろうか.

 第3に,識字率の問題は,単なる教育問題だけに留まらない.
 低い識字率は,メディアの独立性を弱め,特定の政治団体によるプロパガンダの跋扈を許す素となる.

 ラリー・グッドソン助教授は,次のように述べる.
「アフ【ガ】ーニスタンの教育制度を槍玉に挙げたのは,最初は共産主義者で,次がイスラーム教徒だったが,カリキュラムの変更,学校の閉鎖,教師の質の低下など,様々な弊害が起きた.
 これは識字率の低下などをもたらした.特に女性の識字率低下は著しかった.現在,女性の識字率は僅かに3〜4%だとみなされている.※134
 識字率がこれほど低くなると当然ながら,新聞はなくなっていった.存続している新聞は,どこかの政党と結びついていて,発行も定期的ではない.カーブルのラジオ・テレビ局『ボイス・オブ・シャリアト』は,たいてい政府発表を伝えるか,宗教番組を流して」いた.※135

 ※134 United Nations Children's Fund, "Statistics," www.unicef.org, updated 1st Dec. '99.
 ※135 US Department of State, Afghanistan: Human Rights Practices, 1997, 1998.

(Assistant Professor L. P. Goodson 「アフガニスタン 終わりなき争乱の国」,
原書房,'01,P.200,抜粋要約)

 また,木山啓子 NGO "JEN" 事務局長の証言.

「アフ【ガ】ーニスタンの女性は,イスラーム原理主義のタリバーンが政権をとっていた時には教育から排除されていたと言われているのですが,読み書きができることは収入の向上にも繋がっていきます.
 読み書きができる母親が育てる子供は,比較的栄養状態も良いというデータもあるそうで,教育支援は本当に大切です」

(from 「女性と復興支援」,岩波ブックレット,2004/2/5,p.40-41)

 ジャーナリスト浅井信雄は次のように述べる.

「女性の高い文盲率が多産と貧困をもたらし,それがさらに文盲率を高めるという悪循環にあることが,インド〔亜大陸〕の例で分かる.
 識字率の低いインドでも,女性の文盲の比較的少ないケーララ州やタミルナードゥ州では,産児制限に目覚しい成功を収めている.
 これに対し,出生率の高いアーンドラ・プラデーシュ州でWHOが避妊剤を配布したが,変化がなかったので調べてみたところ,身体に使うべき避妊剤を服用していたことが判明したという.

 〔略〕
 98年春,核実験場となったパキスタン・バルチスタン州の貧しい女性達の識字率は,なんと2%の低さである.
 その一方で,パキスタンは軍事費と対外債務の負担に喘いでおり,軍人の数と医者の数の比率は,9対1という異常さである.

 読み書きできぬバングラディシュ女性は,収奪の対象となる.
 例えば縫製工場で働きながら,労働時間に応じた報酬額を自分で計算できず,超過勤務もタダ働きに甘んじている例が少なくない.
 様々な負担と保険知識の欠如から,女性の寿命が男性より短い(男性61.7歳,女性61.2歳.2000年の統計)という珍しい国になっている」

(「アジア情勢を読む地図」,新潮文庫,2001/12/1,P.251-252,抜粋要約)

 文盲の人間が多いことは,医療援助の現場でも支障を来たすことになる.
 山本敏晴医師によれば,村人にワクチンを打って回る人を地元民の中から探そうとしたが,算数ができて報告書を書けるという小学校レベルの教育の持ち主さえ,殆どいなかったため,彼らに教育を施すところから始めなければならなかったという.
詳しくは,山本敏晴著「アフガニスタンに住む彼女からあなたへ」(白水社,2004/8/10),p.167-168を参照されたし

 なによりも,教育の必要性はアフ【ガ】ーン人自身が痛感している.'04年に来日したカヌニ教育相は,原田義昭副文科相との対談において,
>戦後3年目で未だ国の体制も定まらないまま、しかし教育の必要性を必死で訴え
たという.(原田義昭公式HP,2003/3/4の日記より

来日したムハンマド・カヌニ教育相(右)

 また,ワルダック県の有力者,ハキム・ワルダックもこのように言う.

――――――
「教養の欠乏著しい国民が,昔ながらの習慣を基盤にして生活を営々としていかねばならない状況下では,強引な近代化・民主化の導入は,いたずらに混乱を招くだけでありましょう.
 まずもって,教育の普及について考えるべきなのです.
 学校教育不在の現実を踏まえ,義務教育の徹底を画策せねば,いつまで経っても部族主義から脱皮できないでしょう.
 この国の諸悪の根源は,貧困さから端を発していることもさることながら,やはり教育不在が一番大きな原因でありましょう……」

――――――(松浪健四郎「シルクロードの十字路」,玉川大学出版部,1979/10/14, p.65)

 タリバーンに雇われていた通訳,ラヒミは次のように述べる.

――――――
『内戦の意味分かりますか? なぜ同じアフ【ガ】ーニスタン人同士,ムスリム同士が争い合わなければならないのか?』
〔大高〕『……』
『無知≠ナす.20年前に生まれ,教育を受けたことのない子供達は,現在タリバーンの戦士です.
 彼らはなぜ戦うのか≠ネんてことを考えもしません.
 公務員の給料が5ドルに満たないのに,前線で戦えば70〜100ドルも支給されます.彼らにとって戦争とは,金を稼ぐための手段でしかないのです.
 ソ連侵略後,この国の知識人は皆,海外へ亡命してしまいました.
 現在,この国では80%以上の人々が読み書きできません.したがって彼らは,この国の歴史を知ることもできません.無知だから,人権とか,国家,政府の役割なんて考えるすべも知りません.
 これは悲劇です』

――――――(大高未貴「神々の戦争」,2001/12/20,P.81)

▼ 市井の元ムジャヒッディーンも,あるときまでは教育に反対していたが,あるとき考え方を変え,次のように述べたという.

――――――
「なぜ我々の政府が国と私たちをだませるか,そしてロシア人に売ってしまえたか,私たちがこんなに哀れで戦争ばかりで,すべてが起こってしまったか,そのことの唯一の理由は私たちが馬鹿だからだよ.
 私たちが何も知らず何も理解できず読み書きができないからだ.
 私たちが,私たちの前に立って賢そうに演説して手に紙切れを持って『今日からこれが法律だ』というような奴を信じたからだ.
 私たちは目が見えない民族なんだ.
 誰でも私たちを好きなように操れるんだ.
 泉に投げ込んだり,どこかに立ち止まらせたり,間違った道へ連れて行ったり,殺すことだってできるんだ.
 ものを見えることができる者だったら,自分で自分がどこにいるか分かるし,どこへ行きたいか自分で決定できる.
 〔略〕
 もう私には遅すぎるけれど,私はお前や私の子どもたちは読み書きができることを願う.
 私は子どもたちが何が正しいか悪いか,誰が真実を語り,誰が敵で誰が味方かを自分で判断するのを学ぶように望むんだよ」

――――――『神様はアフガニスタンでは泣くばかり』(シバ・シャキブ著,現代人文社,2007.8.31),p.58

 当のアフ【ガ】ーン人が教育を切望しているにも関わらず,それを否定するのは,中村医師の価値観のアフ【ガ】ーンへの押しつけではないのだろうか?

 ただしもちろん,これは「西洋風教育をただ単に当て嵌めればいい」ということではない.
 例えば松浪健四郎はこのように述べている.

「果たして学校教育には,パシュトゥン族の掟を上回るだけの効果が見られるのだろうか? 私は,甚だ疑問に思う者の一人である.
 というのは,ある程度の豊かな生活を営む社会があってこそ,学校教育の威力が見られるのであって,現在のように20世紀以前と遜色のない劣悪な生活下にある国民に,学校教育の効用を期待するのは無理な話ではないだろうか.

 国民の生活条件をそのままにして教育の需要を問いても,あまり効き目がない.
 なぜなら古代ギリシャ以来,市民社会が成立するまで,文字を学習し,知識を習得する人達は,経済的に豊かであるか,あるいは外部からの援助による有閑階級に限られ,一般民衆にはその必要性がなかったし,感じられなかった,そういう歴史的事情があるからだ.
 アフ【ガ】ーニスタンの今日においても,御多分に漏れないだろう.

 それは次のことを雄弁に語っている.つまり,学校教育が普及し,その成果を上げるには,一方では読み書き算の能力を真に必要とする社会生活・経済活動が成立していること,他方では,その教育費を捻出するために産業なり工業なりを振興し,経済的に豊かにすること,この両者が有機的に相俟って進行することである.

 アフ【ガ】ーニスタンでは,もう一つ考慮されねばならぬことは,今日の社会に根強く残っている部族主義とイスラームに対する取扱いである.
 こういうことは別に,いくら
『人間は教育されなければならぬ唯一の被造物である』
というカント流の教育必要論をぶって見ても,現状に沿わない」

(松浪健四郎「シルクロードの十字路」,玉川大学出版部,1979/10/14, p.88)

「アフ【ガ】ーニスタンでは,学校で教育を受けるということは,大学のエリート集団を除外すれば,必ずしも名誉な行為とは受け取られていない.
 社会が高度な発展を見ない現状では,少々,文字の読み書きが自由にできたところで,大して何物にも役立てることができないのだから,当然であるかもしれまい.
 読み書きなどを必要としない社会生活は,教育の普及にマイナスの要因である.

 ところでスペンサーは,教育の実用的性格を次の諸点に求めている.
『直接の自己保存のための準備を与える教育(生理学,生物学,衛生学など),
間接の自己保存のための準備を与える教育(経済学,産業上の知識など),
親たるための準備を与える教育,
市民たるための準備を与える教育,
生活の趣味のための準備を与える教育』
 アフ【ガ】ーニスタンでは,社会的実情が,こういった教育における実用的要求を生み出すに至っていない.

 また,この国に限って言えば,モスリムとして学問を身につけ,ハジーやムラーになったところで,それもさして名誉なことではない.軽蔑こそされないが,後世にまで語り継がれていく功績というほどではない.単なるモスリムの行事屋くらいの価値しか見出せないほどのものなのである」

(同, p.118)

 大事な点は,社会的発展と教育とを並行して発展させることであって,頑なに教育を拒むことではない.

 何か「平和な農村」という先入観が中村医師にはあるようだが,そうした日本的農村観を安易にアフ【ガ】ーニスタンの農村に当てはめてしまうことを,大野盛雄らは戒めて次のように述べている.

――――――
「西アジア諸国を訪れたことのある人なら誰でもと言ってよいだろうが,物の値段を聞かれるのにほとほと疲れてしまう経験を持っている.〔略〕
 初対面であった人でも,気楽に会話が滑り出したなと思うと,「ところで,あなたのその靴は幾らですか?」,「この時計は,……」.初めは一々現地貨幣に換算して答えようと,気忙しく計算してみるが,なかなか即答ができない.
 そのうちに,「あなたの給料はどのくらいですか?」と言う.
 物の値段を尋ねるのには,一定の順序があるかのように,そして最後には必ず収入にまで及んでくる.
 留学や在外勤務など,アメリカ,ヨーロッパにおける生活体験を持っている人は,初対面の場合の会話の型が一応は異なる.
 しかし何かを境に,気楽な会話となり,しかもペルシア語のペースに入るとなると,まず第一に質問することは,待っていましたとばかりに物の値段である.慣れてくると,もうそろそろ物の値段を聞き出すのではないかと心待ちするようにさえなる.人によっては,そうした会話に入らないように自分を抑える努力をしている様子が伺えることもある.

 〔略〕

 ところで注目しなければならないのは,物の値段を尋ねるということについては,商人と農民の間に,いや,都市住民と農村住民との間に,差が見出されないということである.商人だから値段に敏感であり,農村だから物価の高低に大まかであり,都市住民だから世智辛く,農村住民だから鷹揚だというわけではない.
 この点については,日本人の私達の常識と全く異なることである.
 もちろん,商人や都市住民は,物の値段についての情報を農民よりも遥かに多く入手できることは,言うまでもない.

 私達の先入観としては,商品経済に関しては,都市と農村,商業と農業,商人と農民との間に,明確な格差,いや,対立さえも想定する習慣がある.
 農村は現物経済がその本来的なものであり,都市は商品経済の結節点であり,その集積点でもある.農業は産業としての農業という伝統を,長いこと持ってこなかった.農村は,市場から遮断された形で生産に打ち込んできた.

 農業は封建体制の下での基幹となる生産であり,農民はその担い手であった.したがって農本主義においては農は国の本であり,市場の動きを気にしない農村こそ,農民の期待される姿であり,百姓という語感は社会的地位の低さを実現しながらも,生産の担い手として敬意の評価があった.
 ところが商人に関しては,その実質的な力そのものには評価が与えられながら,商いには常に罪悪的と言ってもよいような蔑視感が持たれてきた.士農工商という社会的な,言わば垂直の身分階層が,商業,商人を巡って,まだ完全に払拭されていないのが,現在の日本社会であろう.つまり,農民が駆け引きすることを不本意のことと見なし,利害を超えて技術に打ち込む技術者を尊敬する伝統は,依然として存在している.
 垂直の階層であった士農工商を水平の階層に置き換えた明治維新以降,資本主義の導入,発展,さらには産業の高度化,民主社会の成立にも関わらず,垂直の階層によって規定された,商業に対する価値観は,依然として私達の意識の底に潜んでいる.物の値段について執拗に尋ねられたときに,そのことは極めて鮮明に浮かび上がってくる.私達には現物経済,市場から遮断された農村の生産行為に対する何かしら郷愁とでも言うべきものが付き纏っている.商いに対する偏見は,いまだに拭い去られていないわけである.
 ピアルウケールの住民のダラーク=サルダールも,アブドゥルガーデルも,マリク=サルダール=カーンも,アサドッラーも,イブネアミンも,ニヤーズムハマドも,ムウミンも,私は彼らと皆,親しく付き合ったけれども,彼らに共通していたのは,物の値段を非常によく尋ねることであった.彼らは私達よりも遥かに金銭的であり,商業的であった.金銭的であることには,私達には何か素朴でないものを感じさせるところがある.

 〔略〕

 「素朴」ということが,ここで問題になってきたが,私達が人里離れた農村の生活に,無意識の内に求めていたものは,この素朴ということだったらしい.素朴ということに,私達は憧れを持つと同時に,農村の素朴さに頼ることにより,村の中での私達の生活と調査という仕事に対する好条件を求めようとしていたことは確かである.
 ところが,この素朴ということは,私達流に考えると,それは本来的には現物経済的で有り,商いという行為から遠い態度でなくてはならない.商品経済の発展によって,それに巻き込まれる過程では,素朴はすれからしになっていくことである.現実にはすれからしになっていくことはやむをえないとしても,常に素朴に対する言いようのない郷愁が伴っている.
「こんにちは.あなたの靴の値段は幾らですか?」
 ということによって,会話が始まることは,まさに素朴からは極めて遠い現象だろう.
 セラージウッディン以外の人物は,知識が乏しく,世界を知らないということに起因するおおらかさ,自信のなさから来る気の弱さなど,私達に敬意を払うといったフシはもちろんあった.
 これを素朴さといえばそうかもしれないが,その彼らが金銭のこととなると目を輝かし,私達よりも遥かにさといということを実感した.
 こうなると,私達にはどうしても素朴という概念を彼らに当て嵌めることができなかった.

 〔略〕
彼らにとっては商業とか商人ということは日常性を持ったことであり,農民と商人,都市と農村を,商いを巡る行為によって明確に区別する判断の基準を持ち合わせていないのである.農民はいつでも商人になりうるわけで,まして商人と農民とが身分的な階層として区別されたことは,歴史の中でいまだかつてないのではなかろうか.先にも述べたように,村落自体が住民の移動と商いを前提として成立してきたと言えこそすれ,商いが農村の秩序を破壊する存在であったとはいえないのではないだろうか.
 サウダーギャリーとは「商い」することという意味であるが,農村が商品経済に巻き込まれてきた過程で,やむを得ず出稼ぎ的に商業の旅に出ざるをえないといった性格のものではないと考えないわけにはいかないというのは,農民における,「商い」のまさに日常性から説明されるはずである.
――――――(大野盛雄「アフガニスタンの農村から」,岩波新書)
――――――
 金岡 直面している現実は深刻ですね.
 とかく山地と砂漠の国などと言うと,日本人はどうもロマンチックな想像をするようです.例えば,「砂漠なら駱駝がいるでしょう」とくる.「月の砂漠」の童謡から来るイメージです.
 それは駱駝はいます.しかし,とてもそんなロマンチックなものじゃない.
 第一,あれくらい獰猛な動物はないんですから.旅の間,どれほど私達が駱駝のために怖い思いをしたことか.
 羊飼いにしても同じです.いたってのどかな牧歌的な感じですが,その羊飼い達の牧童達は,木の枝というよりも幹のように太い枝を振り上げて,列から離れる羊達をどやしつけている.
 その写真を撮ろうとカメラを構えたら,それは凄まじい形相で,この野郎といわんばかりに,その木の幹を私に向かって振り上げてくる.すっ飛んで逃げたものです.

 とにかく,日本人が考えるようなのどかさだとか,ロマンチックな感じなどというものは,この国のどこにもありません.
 アフガニスタンの面積は日本の約1.7倍,人口は1700万人くらいですから,その数字だけを見ると,いかにもゆったりしているような感じがしますが,経済や生活という面から考えると,想像以上にその規模は小さいと言っていいでしょう.

 菅沼 その羊を飼うにも,ちゃんと動く回路とでもいうのか,行動範囲が決められているようですね.
 どこにでも出かけていて草を食べさせてもいいのかというと,そうじゃない.
 初め,羊飼い達がアフガニスタンとパキスタンの間を,群れを率いて行ったり来たりしていると聞いたものですから,国境など意識しなくてもいいくらい自由なのだなと考えていたのですけれど,このグループはこの範囲の場所,このグループはこのコースと,縄張りがはっきりしていて,そこから外れることは許されないのですね.

 金岡 そうやって羊を飼う遊牧民達は,土地の農家の人々と絶えず接触しながら,羊の肉を提供し,一方,遊牧民は農家から野菜や水などを分けてもらっているのです.
 この連帯がいったん崩れたら,商取引はたちまち成立しなくなってしまう.
 それはお互いに生活の道を絶たれることを意味しています.

――――――金岡秀友/菅沼晃/金岡都著「砂漠と幻想の国」(佼成出版社,1977/11/25),p.233-234

――――――
 英国が印度を支配していた頃から印度亜大陸全域に,パシュトゥンの金貸しは有名だった.
 抵当なし,証文なしの融資と,その取り立ての凄さを印度人達は首をすくめて語る.
「あんた,パシュトゥンは地の果てまで取り立てに来ますよ.代が変わっても来ます.
 入口にぬっと立って,金返せ,と一言.
 いつまでも,どこまでも来ます.
 大きな手足でね……」

 私の友人のあるパシュトゥンは,ローンで車を買った.
 車は戦いで消え,友人は難民としてパキスタンへ流出した.
 その友人と私がパキスタン北部を旅していたとき,カーブルからの借金取りは,私達の行く先々に必ず現れた.
「日本の方,あなたの兄弟の借金です.
 私も彼もあなたもムジャヒディンです.
 肩代わりして払ってくれませんかね」
 〔略〕

――――――甲斐大策著『神・泥・人』(石風社,1992.2.20),p.52

 中村医師らはその点,自戒すべきであろう.

 ※蓮岡修〔ペシャワール会の医師〕などははっきりと
[quote]

 穏やかな農耕民族と聞いた時,日本人と同じだなあと思いました.

[/quote]
―――in 『痛み癒される社会へ』(阿部知子著,ゆみる出版,2003/2/5),p.38
などと述べている.

▼ 【語録】
「読み書きができるということは,どうやって自分の身辺を改善していくかという糸口になります」

――――――緒方貞子 in 「教育と平和 アフガニスタン女子教育支援シンポジウムから」(お茶の水学術事業会,2003),p.7▲



 【質問】
 灌漑などが適切ならば,アフ【ガ】ーン農業はどこまで発展可能か?
 【回答】
 中央アジアの農業にはそれ自体,限界があるという見方がある.
 これが信頼できるならば,自給自足がやっとというところだろう.
 以下引用.
 オアシスはそれぞれに孤立した「点」である.
 点は「線」を添えることによって発展する.
 点と線の世界の歴史は,「面」の世界のそれとは違う.
 つまり,オアシス世界の発展は,中国の主体と認められている部分,特に揚子江の流域とか,インド史の本体とされているガンジス川の流域,あるいは西洋と呼ばれている西ヨーロッパ(英,仏,独など)のような,面の世界の発展とは明らかに異なっている.
 だから,そうした面の発展だけに拘っている頭では理解しにくいのである.

 先立つものは水の利用である.しかも,その水量には限度があるから,耕地面積も増大できない.
 それでは発展の力は出ないではないか.
 近頃は土木技術の急速な進歩によって,「点」は次第に拡大しつつあるものの,元来は砂漠の島であり,海の島と同じ歴史的意義を持っている.
 その上,小さな耕地面であるから,生産は偏るし,増加する人口にも応じられない.

 そこに,他の砂漠島と手を結ばなければ生活すら保障できない運命を持つ.
 だから極めて古いころから,砂漠島を取り巻く砂漠を犯して,その上に隊商路が開かれる.
 それこそは,「点」の発展に必要な「線」であり,その「線」を通して必需物資が交換され,政治や文化の力も動く.
 もちろん,砂漠島の余剰人口は,この分野に投入される.地理的に孤立の運命に置かれた砂漠島は,こうして歴史的にその運命を打開し,発展したわけである.

 隊商活動が盛んになると,それは必需品交換の段階を超えて,中継貿易の形に進む.遠隔地の珍品を他に取り次ぐことによって,ブローカー的な巨利を貪る.
 その反面,本来発展性に乏しいオアシス農耕は,隊商活動の「弁当作り」の形になってしまう.
 そこに,本来の農耕社会とは異なった意義を持つのである.

山と渓谷社編「シルクロード1 中国・ソ連・アフガニスタン」(山と渓谷社,1975/6/1,p.86-87

 よく考えてみると,このように一定の縄張りの中で常に移動の生活を続けつつ,家畜を飼っている遊牧という生活様式は,農耕のそれに比べて決して高度のものではない.
 農耕では農具や肥料の改革によって,その生産を増進させることができる.
 しかし牧畜では,牛や馬にいくら刺激を与えても,一定の繁殖しか示さない.つまり,純粋に牧畜だけに依存する生活形態は,発展の可能性が低い.

山と渓谷社編「シルクロード1 中国・ソ連・アフガニスタン」(山と渓谷社,1975/6/1,p.90

 平位剛等の記述も,アフ【ガ】ーンの農業の将来にも不安を投げかける.
[quote]

「いずれも問題は水不足と,土地の痩せていることにあり,土地の痩せているのは,土壌的なものに加えて,糞の燃料としての回収のため,土地の痩せがますます酷くなることが考えられる」

[/quote]
―――平位剛著『禁断のアフガーニスターン・パミール紀行』(ナカニシヤ出版,'03),P. 358

[quote]

農業生産拡大の障害になっているのは,原始的農法のほか,農民の貧困,農業金融の不備,熟練農業技術指導員の不測,主要農産物輸出品に対する不当な為替レートの適用など,枚挙にいとまがないほどである.

[/quote]
―――『南アジア・大洋州開発選書2 パキスタン・アフガニスタン・セイロン』(鹿島平和研究所編,鹿島研究所出版会,1970.6),p.156
 上述の障害のうち,ものによってはイスラーム法の解釈変更が行われない限りは解決不可能なものもあり,農業の将来は険しいと言えよう.

 小麦などの自給を達成し,貴重な外貨を農産物輸入で失うことがないようにした後は,換金作物助成程度にとどめ,開発のためのリソースは農業以外の産業に振り向けたほうが賢明だと言えよう.


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